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2009年9月の記事

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第4回

 茨木は必死に身をよじり、のけぞって大声をあげた。
「離さんかい、おら!」
 葺合がいきなり手をゆるめた。
 茨木の身体が跳ねとんで後ろの机にぶつかった。
 がたん、と大きな音がして、クラス中の生徒たちがびくりと振り返った。
「覚えとれよ!」
 チンピラは捨てぜりふを吐いて出口に向かった。教室へ入ってきた金岡が話しかけようとしたのを無視して、他の生徒の机をふたつみっつ蹴倒していった。
 被害にあった生徒のひとりは住之江だった。床に散らばった鉛筆やノートを拾い集めながら、恨めしそうに葺合を見あげた。
 葺合は何事もなかったかのように窓の外を向いて座っていた。あまりに動かないので息をしていないんじゃないかと不安を覚えた頃、その視線がすいと流れた。つられて追いかけ、同じものを見た。
 教壇横のケージのなか、文鳥が止まり木に出てせわしなく羽繕いをしていた。

 三限目が始まる前には葺合の机の周囲にせいいっぱいの空間ができていた。
 クラス中が「自分は関係ありません」という顔をして、次におこる災厄の予感におののきながら息を殺していた。
 茨木の郎党は放課後まで姿をみせなかった。一年生たちの恐怖心をあおろうとしたのか。見せしめとして効果的なタイミングをねらったのか。
 終業チャイムがなり、生徒たちが吐き出された校庭の真ん中で、五、六人の二年生が葺合を取り囲んだ。
 茨木がいた。柔道部の淡路(あわじ)もいた。背も高いがそれ以上に胴回りが太くてコガネムシを思わせる体格だ。あとの連中はよくわからない。三年生や名前のわかる二年生はいないようだった。
 背丈の低い一年生の姿は人垣に埋もれて見えなくなった。上級生たちは団子状態のまま旧校舎の入り口へ吸い込まれていった。
「終わりやな」
 僕の背後で高井田がにやにやしながら言った。
「せっかくやから、あの世間知らずがどんな顔んなって出てきよるか見といたろか」
 旧校舎は四階建、一応は鉄筋コンクリート造りだが築二十年を越えたバラックだ。外壁には震災でできたひびわれの補修跡が数カ所、灰色の稲妻のようにはしっている。最上階は名目上は文化部の部室、実際には物置状態で出入りがあるのは将棋部の区画だけ。そこが連中のたまり場になっていることは誰もが知っていた。
 隔離された部屋で進行中の事態を考えると、酸っぱいものが喉にこみあげてきて気分が悪くなった。
 僕にできることは何もないと無理矢理自分に言い聞かせて立ち去ろうとした時、頭の上で誰かの叫ぶ声がした。
 見上げた最上階の窓ががらっと開いたと思うと、小さな影が空中へダイブした。
 僕のすぐ横で女生徒が悲鳴をあげた。
 落とされた!
 思わず両手で顔をおおった。
 永遠のような数秒がたったが、何の音もしないのでそろそろと目をあけた。
 葺合は三階の窓枠に右手をかけてぶらさがっていた。左手にさげた通学鞄を校舎裏の草むらめがけて投げ落とし、両手を窓枠にかけて、くいと身体を持ち上げ、勢いをつけて横に振った。窓の横の雨樋に脚をひっかけて飛びうつると、樋を伝ってするすると降りてきた。
 着地した葺合が鞄の落ちたあたりへ駆け出すのと、茨木たちが一階の出口から飛び出してくるのがほとんど同時だった。
「待たんかぃ、クソぼけがぁ!」
 僕の前を走り抜けた茨木の制服の背中には、くっきりと運動靴の足跡がプリントされていた。
 淡路の頭も踏みつけられたらしい。狭い額が泥まみれだ。
「こけにしくさって!」
 葺合の姿は草むらにまぎれて手品のように消えていた。
 二年生たちは怒声をあげ、雑草を蹴散らしてうろうろしていた。
 同じ土汚れなのに、肌につくと茶色く、制服につくと白っぽく見えるのはどうしてだろう。ばかみたいな疑問が頭に浮かんだ。
 ぼんやりしていたせいで逃げ遅れた。いきなり前髪をつかまれてひっぱりあげられた。目の前には青筋をたてて目を血走らせた淡路の顔。
 他の生徒たちはもう潮が引くようにいなくなっていた。
「あのカスぅ、どこへ逃げよった?」
 僕はかかとが浮く高さまで持ち上げられたまま、髪の生え際がじんじん痛むのを堪え、黙って淡路を見た。淡路はようやく僕を思い出したようだ。
「なんや。お前か」
 さっきまでのうろたえようが妙に落ち着き、いつもの人をばかにしたような笑みがもどった。
 生徒たちの騒ぎを聞きつけたのだろうか。新校舎から玉出先生と養護教諭の壬生(みぶ)先生が走り出てきた。
 玉出先生は旧校舎の前まで来てぎろりとあたりを見まわした。その姿を見た二年生たちは身を起こし、素知らぬ顔をしてばらばらと散っていった。
 洋なし体型の壬生先生は保健室からダッシュしてきただけで息を切らしていた。
 校内で何事か起こったときに姿を現す教師はたいていこの二人だけだ。あとの先生たちは何も聞こえないふりをして職員室にとどまっている。
 淡路はとっくに僕から手をはなし、旧校舎にむけて歩き出していた。
 壬生先生がもの問いたげに僕に歩み寄ってきたが、僕も知らんぷりをして校門に向かった。

 一旦校門を出てしばらくまっすぐ前を見て歩いた。百歩数えたところでUターンし、そっと校庭に戻った。
 上級生たちがいなくなっているのを確かめてからフェンスに近寄って身をかがめた。膝をついてそろそろと移動しながら足もとを観察した。
 丈の高い雑草がはびこっているのでわかりにくいが、フェンスの下端と地面の間には五センチほどの隙間がある。
 二、三メートル移動したところで、野猫ががさっと草むらから飛びだし、僕の前を走っていった。その出どころをたどり、地面がえぐれて隙間の広がっているところをみつけた。僕がくぐりぬけられるぎりぎりの幅だった。淡路には無理だが、葺合なら簡単に通れただろう。
 反対側に抜けて立ち上がり、胸元の土汚れと葉っぱの切れ端をはたき落とした。下草がぼうぼうに茂った藪のなかだ。低木の小枝がからまりあい、とげを誇示して行く手を阻む。それでもよく見れば木々のあいだを縫うように誰かの歩いた痕跡が残っていた。
 僕はあるかないかの隙間をたどってゆるゆると前進した。頭を下げてヒイラギの枝をくぐったところで藪がとぎれた。
 眼前にしんとした水辺が姿を現した。少し強くなってきた風がさざ波をたて、頬をかすって吹きすぎた。真正面には祠つきの小島。ここは青池だ。
 校門から車道を通っていくと遠回りなのは知っていたが、藪を抜けるとこれほど近いとは意外だった。
 僕がはじめて見かけたとき、葺合はちょうどこの位置に立っていたのだ。
 手すりに上るわけにはいかず、そのへりに腹を押しつけて岸辺をそろそろと伝って歩いた。
 池をほとんど半周して一昨日と同じ林の前まで来たが、葺合はおろか人っ子ひとりにも出会わなかった。
 林にはいってみると、ネズミの死骸はすっかり姿を消していた。地を這うムシやハエの姿もなく、あたりにはわずかに生っぽい新緑のにおいが満ちていた。
 ムシに掘り返され埋め戻された土は柔らかく、ほんのわずか色が違っていた。地中ではきれいに加工された肉団子に、まるまるとした幼虫が群がっていることだろう。
 僕は青池のほとりに戻って水面に小石を投げた。なるべく平たい石を選んでなるべく水平に飛ばしたつもりだったが、石は一度もはねずに水没した。
 ときどき思い出したように試してみても、飛び石が成功したことはない。僕の運動神経なんてこの程度だ。
 雨をはらんだ雲が西の空から広がってきたのを潮に、家に向かった。


2003/05/15 Thu.

 教室では朝から常盤たちのグループを数人の外野が取り囲んで、噂話に花を咲かせていた。群れの外側で、なんとなくくっついたり離れたりしている連中も何人かいる。全員が制服姿なので遠目にはアメ玉に群がるクロオオアリのようだ。

らす・きあ蛇足話その4 播磨の伝説

 明石市はもと播磨の国の東端にあたります。
 この地域の歴史は古く、「青池の竜」のほかにもさまざまな伝説、伝承が伝えられています。
 たとえば、「江井ケ島」の地名の由来は、行基上人が魚住港の完成を祝ったおりに、海のなかから一緒においのりしたエイがいたことだとか。
 たまには身近な土地の故事来歴を訪ねるのもおもしろいものです。

青池の竜の話

江井ヶ島のエイの話

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第3回

 トイレを出て教室に戻ろうとした僕の前方から、どすどすと足音をたてて大柄な教師が歩いてきた。
 上下そろいのジャージに健康サンダル。学年生徒指導の玉出(たまで)先生だ。今まで僕が注意を受けたことはないが、襟足からかかとまでねめまわされるのは気持ちのいいことじゃない。
 目を伏せてやりすごそうとした時、僕の横をすいと追い抜いた男子生徒がいた。ふっと、なんだか覚えのある匂いがした。
「こらーっ、お前、記章名札はどうした!」
 玉出先生が突進してきて男子生徒の腕をつかもうとした。
 その次の動きはあっと言う間のことだったので、すぐ横にいた僕にも何が起きたのかとっさにはわからなかった。
 とん、と軽い音がしたと思ったら、玉出先生がその場で尻餅をついていたのだ。当の先生も狐につままれたような顔をしていたが、すぐに赤くなって立ち上がった。どうやら男子生徒が先生の腕を逆手にとり、つかみかかられた勢いをそのまま利用して転がしたらしかった。
 僕は改めて男子生徒を見た。ぶかぶかの詰襟に顔の下半分を埋め、上半分には長めの前髪がかかっていたので、見分けるのに数秒かかった。
 昨日、池のほとりで見かけた子だ。
 並んで立つと、僕より五センチほど背が低い。大きすぎる制服の袖口とズボンの裾をまくりあげ、服の中で細身の身体が泳いでいる様はまるで案山子だった。
 先生は男子生徒のリーチの外から声をはりあげた。
「お前、何年何組や!」
「転校生ですよ」
 思わず口走ってしまってから、僕は喉元に手をあてた。手遅れだ。出してしまった声を押し戻すことはできない。
 先生はぎろりと僕をにらんだ。
 男子生徒は黙って立っていた。涼やかな目は人ごとみたいに落ち着き払っていた。
 僕ら三人の周囲にはざわざわと物見高い人だかりができ始めた。
 廊下に座りこんでいる上級生たちも野次馬根性丸出しでこっちを見ている。
 地面に落ちてのたくる青虫がスズメについばまれるのを待ち受けているみたいだ。
 先生は胸をそらして眉をつりあげた。
「違反は違反や。職員室まで来い」
 不必要に大きな声で指示されながら、男子生徒は怯みも反発もしなかった。わずかに肩をすくめ、黙って先生のあとについていった。
 二人が階段を降りて姿を消したとたん、うわん、と低い音が廊下に反響した。その場にいた連中がてんでにしゃべりはじめたのだ。
「見たか?タマがあっさりころがされたで」
「新入生か。チビのくせに態度でかいな」
「おタマに目えつけられたらしまいやな」
 同じクラスの常盤(ときわ)が僕にすり寄ってきた。
「烏丸。お前の知り合いか?」
 ちょっとうわずった声で言って、唇をなめた。目新しいネタをみつけたことがよほどうれしいらしい。
「知らないよ」
 僕は肩にのせられた常盤の手を払って教室に向かった。
 
 担任の宇多野(うたの)先生はSHR終了五分前に教室に現れた。
 チャコールグレーのスーツにきっちりと締めたピンストライプのネクタイ。ビジネスマンに見えないのは肩にちらばったフケのせいだ。先生は眉をしかめてこつこつと教卓を叩いた。
「昨日、この教室で現金の紛失があった」
 声はむだに大きいが、視線は生徒たちの顔を避けるようにただよっている。
「三限目の体育と四限目の音楽の間だ。多額の現金を持ち込んだ馬鹿者のせいで、お前ら全員が疑われるんだぞ」
 先生はそっぽを向いたまま目だけ動かしてこっちをにらんだ。
 僕のすぐ前の席で男子生徒がびくっと首をすくめた。
 金岡(かなおか)か。
 意外ではなかった。経験もないのに無理して入った空手部で、あっと言う間に練習についていけなくなったらしく、このところクラブ仲間から置き去りにされてうろうろしていた。
 原因か結果かはわからないが、群からはぐれた個体は捕食動物にとっては格好の標的だ。盗られた現金の本来の受け取り手もおおよその察しがついた。
「教室まわりで不審な人物をみかけた者がいたら、ここに書くように」
 罫線を刷ったA六のコピー用紙が前の席からまわされてきた。
「今度何かあればまた全員指導だからな。他の者も気をつけろ。これ以上私に面倒をかけるな」
 僕は机の下でその紙を握りつぶし、みつからないように鞄の底へ押し込んだ。


2003/05/14 Wed.

 昨日の午後から教室に机と椅子がひとつずつ運び込まれていた。
 それでなくても手狭な空間に、これできっちり四十人分。机の脇に掛けた鞄にぶつからずに歩くことさえ難しい。
 僕が登校した時には、転校生は最後列の新しい席に脚を投げ出してすわり、腕を組んで窓の外をながめていた。昨日と同じ、大きすぎる古びた制服の胸に似つかわしくない新しい校章と名札。
「葺合」
 フキアイと読むのだろうか。
 近寄る者も声をかける者もいない。同級生たちは明らかにその存在を意識しながら、わざとらしく見知った者どうしでかたまっている。好奇心まるだしの数名も、今は遠目の観察を決め込んでいる。葺合のほうは他人のことなどまったく気にかけていないようだ。詰襟から半分だけのぞいた顔は一度もこちらを向かなかった。
 宇多野先生はSHR終了まぎわに教室に現れ、ぶつぶつと小言をまいてすぐに出て行った。
 転校生の紹介すらしなかったな。
 僕のすぐ前の席の女子、本山(もとやま)が隣席の友人とけっこう大きな声で話し出した。
「見た?ウタノン、昨日とおんなじスーツとシャツ。アイロンもかけてへん」
「奥さんいてへんの?」
「家族はおるはずやけど、最近愛想つかされてんのとちゃう?靴もみがいてへんし、弁当も持ってこなくなったし」
「せやけど、帰宅はえらい早いよ。時間が来たら焦って飛び出していきよるわ」
「浮気でもしてんのかな」
「そんな甲斐性ある?」
 耳障りな笑い声。聞かされて気持ちのいい話ではなかったが、僕は黙って聞き流した。
 クラスの生徒たちはもう、この担任に何も期待していない。いつもと変わらぬ退屈な授業が始まった。

 ことが起こったのは二限目終了後の休み時間だ。
 腰パンのポケットに両手をつっこんだ二年生が僕らの教室に現れた。
 自分の所属以外の教室へ入ることは校則で禁止されているが、とがめるやつなんていない。しんとした下級生が道をあけるのを当然のように、二年生はずかずかと入りこんでぐるりと頭をめぐらした。
 目的の人物は見つからなかったらしい。不満そうに手近な机の脚を蹴って出て行こうとした。たまたま向きを変えたそのときに、隅っこの転校生に目を留めた。
 二年生は子猫の尻尾をつかまえた幼児のように、にんまりと笑って葺合の席の前に立った。
「昨日、玉出を投げ飛ばしたいうんはお前か」
 えらそうに胸をそらした態度にしらけた。かっこつけているつもりだろうが、体格も顔つきも貧相で、へたくそな劇画のパロディにしか見えない。
「来た早々派手にめだっとるやないか。気に入ったで。この茨木(いばらき)さまの弟子にしたるわ。光栄に思えや、新入り」
 葺合は返事をしなかった。
 話しかけられていることもわかっていないみたいに、平然と窓の外を見ていた。
 シカトされたと思ったか。茨木の口元がゆがんだ。
「何すかしとんねん。ダボカスが」
 襟首をねじあげようとしたのか。喉輪をかまそうとしたのか。
 眼前に突き出された茨木の腕を葺合の右手がひょいとつかんだ。
 茨木はあわてて身をひこうとしたが、腕を不自然な角度に固定されてうまく力をいれられないらしい。葺合の手はびくとも動かない。
 茨木の顔色が変わった。あいた方の手をあげようとして、あっというまに葺合の左手につかまれ、両腕を広げて身体を開いたまま身動きできなくなってしまった。

らす・きあ蛇足話その3 明石海峡大橋

 別館の背景画像として使用している明石海峡大橋。明石市のシンボルとして超有名ですが、地理的には明石市に架かっているのではありません。
 こっち側は神戸市垂水区東舞子。あっち側は淡路市岩屋。最寄り駅もJR舞子です。名前の由来は明石海峡にかかっているからなんですね。
 神戸市には他にいくらでもシンボル的な観光資源がありますから、わざわざ橋の所在地だと主張する気もないみたいです。明石市の海岸や高台からは、どーんとこの橋が見えるのですから、まあ明石市が宣伝に使ってもいいんじゃない、ということでしょう。
 所在地を誤解されている有名建造物といえば阪神甲子園球場が代表的。野球ファンなら兵庫県西宮市にあるんだとちゃんと知っておいてくださいね。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第2回

 僕は半分夢見心地のまま帰路に就いた。
 トレーラーがびゅんびゅん行き交う国道から山手に折れて、ゆるい坂道を少しあがったところに僕の家がある。わりと早い時期に造成された高台の建売住宅なので、近所の雰囲気は比較的落ち着いている。
 玄関をあがると、リビングから目の前の廊下を横切って階段まで、スプーンでまいたような茶色いシミが点々と落ちていた。シミをたどって二階にあがり、僕の部屋のど真ん中を通ってベランダに出た。
 ベランダでは妹の勇(いさみ)がプランターの土をほじくっていた。
 僕は舌打ちして妹をにらんだ。
「勝手にひとの部屋にはいるなよ」
「だって、そこ通らないとベランダに出られないもん」
 勇はこっちを振り向こうともしない。
「出なくていいんだよ。土いじりなら庭でやりな」
「ベランダはお兄ちゃんのじゃないもん。お母さんもいいって言ったもん」
 まだ小学二年生のくせに理屈だけは一人前だ。
「汚したとこはちゃんと掃除しとけよ」
「ちょっと待ってよ。植え換えがまだ終わってないもん」
 僕は階段をかけおりて台所に向かって叫んだ。
「母さん!勇になんとか言ってよ!」
「はあい」
 エプロンで手をぬぐいながら出てきた母さんが、場違いに明るい声で返事した。
「おかえりぃ、聡(さとし)」
 僕がさらに文句をいう前に階段の下から妹に声をかけた。
「勇。ドーナツ揚がったよ」
 一拍おいて勇がどたどたと階段を駆け下りてきた。そのまま洗面所にとびこもうとするところへ母さんがにこにこしながら立ちふさがった。
「手を洗う前に、こぼした土を掃除してね」
 ぽんと雑巾を手渡されて、勇はぐうの音も出ず、すごすごと二階に戻っていった。
「聡も食べるでしょ」
「甘いものはいらない」
「カレー味のも作ってあるわよ」
「……さきに着替えてくる」
 部屋に戻ると入れ違いに勇があかんべーをして出て行った。
 たわいもないやりとり。どこにでもいそうな家族。
 適当に調子をあわせていれば、さざ波がたつ以上のトラブルもない。
 本当のことを口に出そうとさえしなければ。
 着替えをすませて階下におりようとしたとき、玄関ドアの開く音が聞こえた。
「早かったわね。おなか、すいてはるかしら」
「いそがないよ。お嬢さんもすぐに晩飯は食べられんだろう」
「勇!一個にしときなさいって言ったでしょ!」
 僕は部屋のドアを閉めてベッドに腰をおろした。
 母さんや勇とちゃらちゃらつきあうのは難しいことじゃない。でも、あの人は……。
 父さんの側にいるのはどうしても落ちつかなかった。
 僕の「家族ごっこ」を見透かされている気がするからだろうか。
 部屋の隅に置いた水槽で金魚がぴちょん、と跳ねた。
 勇の友達が金魚すくいでもらってきた小赤は三匹。最初の状態が悪かったのか、あっという間に二匹死んでしまった。
 がらんとした六十センチ水槽にひとりぼっちになった和金は、僕がのぞき込むと口をぱくぱくさせて餌をねだった。
 体は小さくても生きる気力は満々だ。時々は食べ過ぎてちゃんと泳げなくなり、水面に浮き上がっていたりもするが、それくらい貪欲でなければ長生きできないのかもしれない。
 僕は金魚のおねだりを無視して、母さんがもう一度声をかけてくるより先に階段を降りた。


2003/05/13 Tue.

 予鈴一分前、一年C組の教室になんとかたどり着いて鞄を机に置き、その上に頭を載せて目を閉じた。
 僕は生まれつき朝に弱い。最近さらに体質が悪化して、一限目は授業内容も頭にはいらない。居眠りとまちがえられないように前を向いているだけでもつらい。せめて授業の始まる前くらいは休んでいたかった。
 チチッと小鳥のか細い鳴き声がした。と思う間に、耳障りな笑い声にかき消された。
 僕は腕枕の隙間から薄目をあけて騒音の出所をうかがった。
 教室の隅に数名の男子がかたまっていた。
 高井田が門真と三国(みくに)を従えて住之江(すみのえ)をとりかこんでいる。
 ちょっと見には四人ともけらけらと冗談を言い合っているようだが、よく聞けばネタにされているのは住之江ひとりだ。
 住之江は門真に何を言われてもへらへらと笑っている。連中のすぐ隣の席にいる千林(せんばやし)のほうが、かえっていらいらしている。教科書を読むふりをしながら集中できずに鉛筆をかじりだした。
 他の男子たちは自分がババをひかずに済んでほっとしている。女子たちは仲良しグループ以外のことなど校庭のサクラほどにも気にかけていない。注意しようとか止めに入ろうなんてやつはひとりもいなかった。
 僕はため息を飲み込んで、もう一度目を閉じた。
 そっとしておいて欲しいときに限って声をかけてくる間の悪いやつがいる。今朝の御影涼香(みかげすずか)がそうだった。
「聡。大宮(おおみや)さんが、もう一度あんたに会って話をしたいって」
 僕の顔の向きにあわせて首を傾げたことで、肩の上で切りそろえた髪が白桃色の頬にかかった。細い眉の下に澄んだ榛色の瞳。なめらかで艶のある唇。初対面ならはっとするほどの美少女なのだが、六年以上毎日顔をつきあわせてきたので今さら何の感慨もわかない。
「大宮って?」
 セーラー服の襟元から目をそらして、わざとめんどくさそうに返事した。御影は教壇横の一隅をほそい顎で指し示した。
 見覚えのある女生徒が文鳥のケージから餌入れをひっぱりだしているところだった。
「昨日はすごく失礼なことをしちゃったから、わざわざ謝りたいって言ってるのよ。乙女の誠意にはちゃんと答えなさい」
 大宮って昨日の女の子の名前だったのか。
「男どもに無理矢理ひっぱられたんだろ。気の毒だったよな。あの子のせいじゃないんだから、気にするなって言っといてよ」
「そういうことじゃなくって……」
 御影はじれったそうに言葉を重ねようとしたが、僕にはそれ以上つきあう気はなかった。
 椅子から身体をひきはがすように立ち上がってトイレへ向かった。
 廊下に出ると真正面の窓の惨状が目にはいった。砕けたガラスの破片が窓枠に残ったまま、段ボールをかぶせてガムテープでおざなりに固定してある。
 この春、明智市立西小学校卒業生の三分の一は私立や大学付属の中学校に進学していった。
 元同級生たちの選択の理由に僕が気づいたのは、市立西中学校に入学してしまってからのことだ。
 登校時に正門前で制服や持ち物をチェックされているはずなのに、男子トイレの壁はタバコの焦げあとだらけ。予鈴が鳴ったあとも、廊下にたむろしている上級生たちは腰をあげようともしていなかった。
 いったん大人のいうことをきかなくなった生徒たちを檻に押し戻すのは大変なことなのだろう。予防が優先とばかりに教師たちの指導は新入生に集中していた。
 休み時間に他の教室に移動するな。昼の弁当は自分の席で食べろ。部活以外で上級生と私語をかわしてはいけない。
 脅しまじりの居丈高な教師たちを前にして、ほんの数週間前まで小学生だった生徒たちは身を縮こまらせた。
 それでもゴールデンウィークがあける頃には、一年生たちの態度にもはっきりとした差がみえはじめた。
 ぼくと一緒に西小から来た長居(ながい)は、五月になって一度も登校してこない。校則違反なんてしたこともないやつなのに、クラスの連帯責任を問われて指導を入れられたホームルームで限界を超えてしまったらしい。一方で中央小出身の高井田や門真は教師の怒声にも慣れ、上級生の尻馬に乗って校則をすり抜け始めていた。
 結局、学校の指導方針は聞く耳持たぬ連中の抑止力にはならず、大人の顔色を気にする連中をますます怯えさせただけだったのだ。

らす・きあ蛇足話その2 埋葬虫?墓守虫? 

 第3作のタイトルでは「墓守虫」と書いてシデムシと読んでいただいています。日本語では「死出虫」とか「埋葬虫」とかいう漢字をあてるほうが普通ですね。
 英語のsexton beetleを直訳したのですが、彼の地でもたいていはBurying beetleと呼ぶようです。
 作者は子守唄と韻を踏むために無理矢理こじつけたんですね。(^^;)
 おかげさまでgoogle検索しても「墓守虫」という単語を使っているのは本作と水木しげる大先生の短編マンガが一作だけです。

 本編中に登場したヨツボシモンシデムシは、本来は森林がある程度以上の規模でないと生息できない種だそうです。緑の少ない市街地で普通に見かけるのはオオヒラタシデムシ。聡や滋の住む町にはまだまだ周囲に緑が多く残っているのだとご理解ください。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第1回

プロローグ
 「ラス」「キア」というのは僕らが出会って間もない頃に遊びでつけたコードネームだ。
 中学最初の一年間のことを、本当はあまり思い出したくはない。
 僕らはまだ自分が何に育つのかも知らない青虫で、何を食べて生き延びればいいのかさえわかっていなかった。
 それでも、忘れてはならないことだとも思う。
 いろんなことがここから始まったのだから。
 これは、僕らの出会いから最初の別れまでの出来事だ。


第一章 モンシデムシ

2003/05/12 Mon.

「烏丸(からすま)ぁ。お前に会わしたいやつがおんのや」
 高井田(たかいだ)はそう言って、通学鞄をかかえた僕の背中を押した。脇には門真(かどま)が、ほとんど身体に触れそうなほどすり寄ってきていた。
 ふたりは示し合わせてSHR(ショートホームルーム)の終了を待ちかまえていたようだ。
 僕は黙って下を向いたまま、押し出されたほうに歩き出した。
 特に親しくもない同級生に、わけも聞かずに従うなんておかしいかもしれないが、断る理由をみつけるのも面倒だった。
 部活はしていなかったし、放課後の予定など何もはいっていない。
 下手に逆らって話をこじらせるほうが面倒だと自分に言い訳していた。
 僕らは中学校の裏門を出て、田んぼのあぜ道をしばらく歩いた。
 指定の下校路ではない。あたりには他の生徒の気配すらしない。
 泥土を踏む運動靴の音だけが耳についた。
 五分ほどして着いたのは大きなため池のほとりの小さな林だった。
 林と言ってもほっそりしたエノキやミズナラが十数本、なんとなくかたまってはえているだけだ。
「ここで待ってろ」
 そう言い残して高井田と門真は姿を消した。
 僕は林の一番端に立つエノキの幹にもたれてぼんやりとあたりを見渡した。
 初夏の午後、太陽は数分おきに雲間を出たりはいったりしている。
 少し風があるおかげで、日差しがきついわりに暑さは感じない。
 僕の右には池の土手。植物プランクトンが増殖して青緑色になった水面。池の真ん中には三畳敷くらいの小島があって、こじんまりした祠が建てられている。
 ここは地元では青池と呼ばれている。図書館でみつけた地域伝承の本に同じ名前の池が登場していた。竜が住んでいて時折暴れたという話だ。そこから誰かが思いついてここに水の神を祀ったのかもしれない。
 学校のプールよりちょっと大きい程度の水量だ。たかだか数メートルの水底に伝説の生きものが棲んでいるとは想像しにくかった。
 左手には田植え前の泥田。濁った水のなかを何かが泳いでいる。
 カブトエビのようだ。この辺はまだ農薬散布をすませていないのかな。
 田んぼをもっとよく見ようと身体をおこしたとき、小指の先くらいのムシが飛んできて鼻先をかすめた。
 黒と黄色のコントラストに、とっさにハチかと思った。思わず首をすくめたが、すぐに体型が違うと気がついた。
 ムシは羽音をたてて背後の林の奥へ消えた。
 木々の間をのぞきこむと、かすかな異臭がただよってきた。ひょっとしたら今のムシは……。僕はそろそろと林に踏み込んだ。
 においをたどって、地面を覆ったシダの葉陰を捜した。予想通り、ボロ雑巾のような毛皮のかたまりをみつけた。
 さっきハチのように見えたのは、つやつやした黒い前羽に黄色いマークをつけたシデムシだった。
 ネズミの死骸がもぞもぞ動いて見えるのは、つがいのムシが上を歩き、下にもぐりこみ、せっせと毛を抜いて餌の塊を埋めようと忙しく働いているからだ。
 モンシデムシは雄雌一緒に幼虫の世話をする珍しい甲虫だ。
 僕は生唾を飲み込んで身を乗り出した。予想もしなかった貴重な観察の機会だった。
 地面に膝をつき、息をつめてそろそろと作業場面ににじり寄った。
 死骸から飛び立ったニクバエが顔にとまりそうになったのを振り払ったところで、くぐもった笑い声が降ってきた。
 首だけ振り返るとセーラー服の女の子が林の入り口に立ちすくんでいた。
 名前は知らないけど顔には見覚えがあった。この四月に同じクラスになった子だ。
 鞄の取っ手をかたく握りしめた手が震えていた。
 僕と視線があって、口を開いたが声が出ない。
 頭の中はパニックになっているんだろう。
 女の子の後ろでは高井田と門真が肩をこづきあってにやにやしていた。
 おさげ髪のかかった頬が赤くなった。
 僕は立ち上がって膝の土汚れを払い、鞄を拾い上げた。
 目を伏せて女の子と男子たちの横をすりぬけた。すれちがいざま、高井田が、肘で突いてきたが、たいした力ではなかった。無視してため池めざし足早に歩いた。
 僕さえいなくなれば、これ以上女の子をからかう必要もないだろう。
 他の連中が追ってこないことを確かめてから青池の小島にかかる木橋をわたり、みつからないように祠の裏手にまわった。

 僕の住む明智市には用水池が多い。市の南端は内海に面し、その海は東西に伸びた二連なりの山地にはさまれている。雲が山にさえぎられるので雨が少ない。平野部には戦後も水田や畑がたくさん残っていて、ため池も大事に管理されていたという。
 ところが震災以降、神部市からたくさんの人たちが移り住み、ベッドタウンとして急激に開発が進んだ。
 田んぼをつぶして新興住宅地がひろがると、町中にぽつぽつと池が残る。小さな池は埋め立てられてさらにぎっちりと家が建っていく。大きな池は水利の使命を失い、フェンスで囲われて放置される。ゴミが投げ込まれるだの、子供がおぼれたら危ないだの、後から住み着いた人たちが勝手に文句をつける。
 青池のように祠があって、わすかでもお参りの来る池なんて運のいい少数派だろう。それでもゴミがまったく浮いていないわけではない。
 祠の陰で制服の上着を脱ぐと、思ったより強い異臭がこぼれた。詰襟をクロマツの枝にひっかけて、池をわたってくる風にさらした。
 ここで少し待って誰もいなくなったら、さっきの場所に戻ってネズミの埋められそうなあたりに目印を見つけておこう。幼虫は数日で孵るはずだから、シデムシの子育てを観察できるかもしれない。
 鞄から愛用のフィールドノートを取り出してメモをとろうとした。
 ふいに強い風が吹いて上着がはためいた。あわてて押さえつけようとしたら、手元から鉛筆がこぼれて池へころがり落ちていってしまった。がっくりきたけど、鉛筆は惜しい。未練たらしく水面を目で追った。
 鉛筆はぷかぷかと流れて、数十メートル離れた対岸に近づいていった。水面にうつる影がふいにゆらいだ。視線をあげると、岸辺に人が立っていた。あの辺りは水際まで藪がしげっていて道なんか通っていないのに、どうやって入り込んだんだろう。
 ほっそりした男の子。杢のTシャツに膝丈のカーゴパンツ。素足に履き古したスニーカー。
 近所の小学生にしては、見覚えのない顔。何の感情も読めない目。
 すっきりした一重のまぶたにかかる黒髪が風をはらんでさらさらと流れた。
 背景との遠近に違和感を覚えてよく見ると、彼は池の周囲に巡らされた鉄パイプ製の手すりの上に立っているのだった。
 パイプの径は物干竿くらいしかない。男の子は平らな地面を歩くように無造作にその上を渡っていった。
 力んだところなどかけらもないシンプルな動作なのに、身のこなしは猫のようにしなやかで優雅にさえ見えた。
 藪の切れ目まで進んだところで、男の子は不意に僕を振り向いた。ほんの一瞬、視線がまっすぐにぶつかった。彼はまた前を向いて、そこで軽やかに跳びあがって宙返りをした。鞍馬競技の体操選手みたいにきれいな着地を決め、そのまま藪の向こうへ消えた。
 また強い風がふいて、宙に浮いた上着がぼけっと立っていた僕の顔にかぶさった。払いのけたときにはもう男の子はいなくなっていた。

らす・きあ蛇足話その1 舞台設定 

 「子守唄墓守虫」連載開始まであと4日になりました。
 週1連載の間を持たせるため、余談コーナーも再会しようかと思います。
 毎週連載というわけにはいかないかも知れませんが、よろしくおつきあい下さい。

 さて、新連載の主要舞台は「ため池」と「公立中学校」です。
 第1作が「漁港」と「老人福祉施設」、第2作が「雑木林」と「私立高校」、いくら地方都市の物語とはいえ、地味な設定ですよねえ。
 いつかはファッショナブルなショッピングセンタービルの屋上庭園でムシさがしをするラス・キアを書けるでしょうか……やっぱり、あんまりぴんときませんね。

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