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2009年12月の記事

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第17回

 躊躇しているあいだに千林は堂島さんからも身を離し、あたふたと逃げていってしまった。
 その後ろ姿と、黙って立ちつくす僕と、まだにらみつけている葺合を見比べて、堂島さんは肩をすくめた。
「ケンカもほどほどにせえよ」
 刑事さんはのっそりと大股で坂を登っていった。
 僕と葺合と、長く延びた影だけが残された。
 あたりは急に静かになった。群れ集ってねぐらを目指すカラスの声だけが遠くから響いていた。
 僕は手のひらの汗をズボンでぬぐって唇を噛みしめた。
「……小学校では友達だったんだ」
 葺合は腕にこびりついた血糊をなめて道ばたに唾を吐いた。
「俺は消防署に行くで」
「今から?」
「救急車の帰りを待ち伏せして、爺の行き先を吐かしたる」
「千林はどうするんだ」
「あんな抜けソにかまっとれるか。どついても爺が治るわけやない」
「もう、やり返す気も無いのか?」
「アホはどこにでも、よおさんおる。いちいち気にしよったらきりがない……」
「……僕は我慢できないよ」
 肝心なときに踏ん切りをつけられなかった自分が情けなかった。千林への怒りは胸の内でふつふつとたぎっていた。
 葺合が意外そうな顔で僕を見た。
「烏丸……」
「このままじゃ、おさまらない。あいつに思い知らせてやるよ。僕なりの方法でね」


第三章 フンコロガシ

2003/06/02 Mon.

 僕と葺合は始業三十分前に教室に乗り込んだ。
 少し遅れて入ってきた御影が
「おはよう……」
と言いかけて、けげんそうに僕らの制服を見た。
 ほとんどの生徒たちは今日を待ちかねたように夏服に衣替えしていた。開襟シャツの用意が間に合わなかったらしい数名も、重い上着を脱いでカッターシャツ姿になっていた。
 教室中にあふれる白のなかで、僕と葺合だけが真っ黒い詰襟のままだったのだ。
 最後列の自席に座った葺合のさらに後ろの壁にもたれて、僕は登校してくる連中をカウントアップした。

 五月最後の週末は梅雨の前触れのような雨だった。
 青池の祠のお供えは土曜日も日曜日も手つかずのまま。今朝回収したナツミカンの皮にはムクドリだかヒヨドリだかのくちばしが穴をあけていた。
 土曜日には明智市消防本部に行って泣き落としを試みた。救急隊員は楠さんをどこの病院に運んだかなんて教えてくれなかった。金曜日の夜、西分署にどなりこんだ中学生が、剣もほろろに追い返された話は聞けたけど。
 帰り道の旧街道で葺合とすれちがった。
 葺合はだぶだぶの雨合羽を着込み、ペダルの重そうなごつい自転車にまたがって新聞配達の真っ最中だった。
楠さんが災難にあう直前に瀬戸日日新聞の販売店を紹介してくれたのだそうだ。そこの店長は勧誘が強引なので評判はよくないけど、葺合のぶっきらぼうな態度もとやかく言わないらしい。
 日曜日の朝に青池でおちあった。
 僕らのほかには池のほとりに人影もなく、あたりはしんとして国道の騒音も遠い。降る雨が葉を打つ音ばかり聞こえるせいで、静けさがよけいに身にしみる。そこにいない人のことがいやでも思い出される。
 葺合は殺風景な祠の前に立って、雨合羽のフードをひっぱった。
「……『救急車なんか呼ぶな』て、最後まで言いよった。いっぺん根をあげたら、二度とここで暮らせんようなるて」
「楠さんは誰にも迷惑かけてない」
「あちこち身体悪うして、ろくに働けんようになっとった。病院につかまったら最後、役所につきだされて身動きとれんようになる、てな」
「病気を治したら好きに暮らせばいいじゃないか」
「治療代踏み倒してか?」
 ぐずぐず言いながら自分でもむなしくなった。
 そもそも楠正成というのが本名だとも思えない。今になって、僕らは楠さんのことを何も知らなかったと知ってしまった。

 始業十五分前、住之江も登校してきた。僕らをみつけて、うれしそうに手を振ってくれた。体調は悪くなさそうだ。金曜日のことはもう気にしていないのか。
 始業十分前、ようやく千林が姿を現した。高井田と長居はいなかったが、観衆の数は足りている。
 僕は制服の裾をひっぱって姿勢をただし、わざとゆっくり教室を横切った。シロアリの巣に闖入したクロアリが一匹。常磐がぴんと耳をたてて僕に注目した。他の連中の目も十分にひきつけてから千林の前に立った。
 千林の顔は青ざめていたが、自分から口を開くほど間抜けではなかった。
 僕は胸ポケットから三つ折りのレポート用紙を取り出して千林に突きつけた。
「なんだよ、これ」
「書いてあることを確かめて欲しいから、読み上げてくれないかな」
 千林はしぶしぶ紙を受け取ってひろげた。
「『私こと烏丸聡は今学期の期末考査において、全教科、千林洋二さんよりも高得点を取ることを宣言します』……なんだよ、これ」
「読んでもらったとおりだよ。テストの点なんて、上げようと思えば簡単なんだって教えてやる」
 千林の顔が青黒くふくれた。
「できもしないこと、えらそうに吹くなよ」
 僕はわざと馬鹿にしたように笑って、後列の席に戻った。
 あとは周りで見ていた連中が適当に話を広めてくれるだろう。
 葺合の傍らを通り過ぎたときに低い声で聞かれた。
「これが、お前なりのやり方てか」
「あいつをへこませる一番確実な方法だ」
「勝ち目があると?」
「もちろん」
「お前ひとりで勝負するんか。俺はどうなるんや」
 喰いついてくれたね。心の中で親指を立てた。
「もうやり返す気はないって言ってたんじゃないの?」
「お前がやるんなら、話は別や」
 僕は葺合の耳に顔を近づけて二言三言ささやいた。
 葺合は目をまん丸に見開いたが、僕の頼みごとについては聞き返してはこなかった。


2003/06/03 Tue.

 僕は午前七時に青池に着いた。
 試してみてわかったのだが、僕の大脳皮質は時刻にかかわらず、目を覚ましてから二時間経過した頃に機能しはじめる性質らしい。そこから逆算して起床時間を決めれば予定にあわせた活動ができるということだ。
 そういうわけで、今朝も五時起き。こんなに毎朝早起きを続けるのは生まれて初めての経験だ。

 住之江は先に来ていて、拾った葉っぱを池に放り込んで遊んでいた。
 七時五分。葺合は、いつも通りの軽快な足取りで現れた。
「ご苦労さん。バイトにはもう慣れたかい?」
「前にもやったことあるからな」
 汗ばんだTシャツを脱いでまるめてぎゅっぎゅっと身体を拭き、小島に置いていた制服に着替えはじめた。今日から夏服の開襟シャツだ。
 壬生先生がジャージと一緒に用意して、なんとか受けとらせるのに成功したのが昨日の放課後だった。
「しつこい女にからまれて仕事に遅れとなかっただけや」
 僕にはそう弁解したが、もともと女の人にはあんまり強い態度をとれないやつなんじゃないかと思う。
「昨日話したあれ、持ってきてくれたかな」
「……」
 葺合はちょっと躊躇したが、覚悟を決めて通学鞄から一枚の紙を引っぱり出した。
 僕はそれを受け取って、上から下まで丹念に目を通した。その間、持ち主は居心地悪そうにそっぽを向いていた。
 不合格点をとった答案用紙なんて、ひとに見られて平気でおれるはずがない。申し訳ないけど、計画のためにはこの行程をとばせない。

らす・きあ蛇足話その17 久しぶりのBGM

 ケルトの音楽が好きです。
 クリスチャンではないのですが、クリスマスソングの澄んだ調べは好きです。
 というわけで、今回は聖夜にふさわしいラインナップ。

  The Dove's Return
  Walking In The Air
  The Night In Bethlehem
  The Wexford Carol
  Carol Of The Bells

 きっといろいろな歌手さんがカヴァーしていると思うのですが、私が聴いたのはCeltic Christmas IIと、Celtic Woman というアルバムでした。

 お次は、ケルトじゃないけど私の好きなクリスマスソング。

  Do You Hear What I Hear?
  The Little Drummer Boy
  The Twelve Days of Christmas

 それから、クリスマスじゃないけど好きなケルト歌手の歌。

  Raven In The Storm         Mary Black

 え、全然ケルトっぽくないですか? いい曲ならいいんじゃないですか。  

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第16回

「……父さんが言うんだ。あれがお前の人生の末路だってさ」
 胃酸が逆流して喉を焼いた気がした。
 吐き気をこらえ、ブルーシートから目をそらしたところで、正面のアカマツに気がついた。樹皮のえぐれがこの前より深くなっている。
「練習してるのか。たいした腕前だな」
 サイレンの音がかなり近づいてきていた。
「僕じゃないよ。最初はエアガンでねらってみたけど、へたくそでさ。きっちり的にあててるのは、千林だ」
「……え……」
 うるさいほどに接近していたサイレンの音が唐突にやんだ。
 ゴルフ場の通用門付近、民家など一軒もないところで赤い灯がまたたいていた。

 僕は坂道を転げ落ちるように走った。赤い灯はすぐそこに見えるのに、ゴルフ場のフェンスに阻まれてけっこうな遠回りを強いられた。通用門にたどり着いたとき、救急車はエンジンをかけながら、まだ発進していなかった。
 車体の後部で言い争う声が聞こえた。救急隊員らしき男の人に、今にもつかみかかりそうな勢いで怒声をあげているのは葺合だった。
 僕がたどりつくより先に、隊員は大柄な身体にものをいわせて葺合を押しのけ、車の後部ドアをばたんと閉めた。サイレンがまた耳をこわしそうなほどに響きわたった。救急車は僕の前を徐行で通り過ぎ、するするとスピードをあげて走り去った。
 葺合はそのあとを数メートル追いかけて走り、地団駄を踏んで叫んだ。
「クソッタレのわからんちん!ダボカス、どあほ!」
 僕は葺合に駆け寄ろうとして、何か柔らかいものを踏みつけた。
 救急車が地道に残した轍のそばにころがっていたもの。拾いあげて息が止まった。縞柄の野球帽だった。
「おい。今、連れて行かれたのは楠さんか?」
 葺合が振り向いた。
 西日を浴びた瞳が険しく細められていた。
「俺が知らせたったのに。孫でも息子でもない言うたとたん閉め出しよった!」
「何があったんだよ!」
 葺合は自分の拳を後頭部にこつん、とあてた。
「ゴルフボールや。爺の後ろ頭に命中してすっころばせた。始めは大丈夫や言うとったけど、だんだんしんどそうになって、吐き出して……」
 話しながら声がうわずり、破裂しそうに力のこもった肩が震えだした。
「コースをそれて飛んできた……」
「ちゃう!俺は見てた。ボールはフェンスの外から飛ばされてきた!」
 いきなり詰め襟をつかんで引き寄せられた。うろたえた僕にぶつかりそうなほど顔をよせて葺合が叫んだ。
「おい!あいつはどこに住んどんや!うちのクラスのガリ勉!」
「……まさか、そんな……」
 視界の隅を何かの影が走った。
 葺合は僕を突き飛ばすように離して駆けだした。ユーカリの陰から必死で逃げだそうとしたやつにすぐに追いつき、飛びついて地面に組み伏せた。
「千林!」
「この、くそ……」
 千林は悲鳴をあげて顔を手で覆った。僕は葺合がふりあげた拳にしがみついた。
「ちょっと!待っ……」
 足が宙に浮き身体が半回転して尻にずん、と衝撃が来た。また投げとばされたのだ。
「あほ!」
 葺合の気がそれた隙に、千林は身をよじってその腕から逃がれた。
「いきなり手ぇだすな言うたやろ!」
「だいじょう……から……ちついて……」
 僕を助け起こそうとかがんだ葺合の肩口を、何かがひゅん、とかすめて飛んだ。葺合はがばっと身を翻し、次に飛んできたものを前腕ではじいた。
 失速したゴルフボールが僕の足元にころがった。
 数メートル離れたところで、千林が左腕をまっすぐ僕らに向けて伸ばしていた。左手に握りしめられた取手から金属製の支柱が伸び、前腕に金具で固定されていた。取手の下部からは二股の短い棒がつき出ていて、両端に幅広のゴムベルトが繋がれていた。
 千林はゴムベルトにゴルフボールをはさんできりりと後ろに引き、さっと手を離した。風を切って飛んできた三発目を葺合は手のひらで受けとめ、射手をにらんだ。
 スリングショットだ。おもちゃのパチンコと原理は同じだが、威力はけた違いだ。射出点が手よりも下側になる構造なので、長袖の制服を着てしまえば目立ちにくいだろう。
 僕がそんなことを考えているあいだに四発目が発射され、葺合の腕にはじき落とされていた。葺合は臆することなくじりじりと千林との間合いをっめていた。
「こっちへ来るな。来るな来るな来るなぁっ」
 千林の声がヒステリックに高くなった。飛び道具を構えているくせに、膝ががくがくと震えていた。
 僕は両手をきつく握りしめ、ようやく言葉を絞り出した。
「どうして。どうしてこんなことしたんだよ。楠さんが、お前に何かしたか?」
「お前が悪いんだ烏丸。バカだの乞食だのとつるんでチャラチャラ遊びやがって。長居が迷惑してんだよ。だから僕は、僕は……」
 僕の頭には血がのぼって痛いほど激しく脈を打っていた。
「長居はそんなこと言ってない。腹をたててたのはお前だろ、千林。友達をだしにするな」
「黙れ。黙れだま……」
「僕に腹が立つなら、僕を狙えばいい。高井田が悪いって思うなら、あいつを撃てばいいじゃないか。なんで住之江なんだ。なんで楠さんなんだ」
 葺合が目前に迫っていたのに、五発目は大きくねらいをはずれて虚空に消えた。
「お前は、卑怯者だ」
 千林はくるりと後ろを向いて逃げ出した。スリングショットを雑草の茂みにかなぐり捨てて坂道を駆けおり、つまずいて転びかけて、こちらに歩いてきていた男の人にぶつかりそうになった。
 男の人は太い腕をのばして千林をひょいと支えた。
「どないしたんや」
「堂島さん!」
 千林は刑事さんの広い背中にすがるように身を隠して叫んだ。
「た、助けてください!やられる、なぐられる……」
 堂島さんはあきれたように千林を見下ろし、じろりとこっちを向いた。
 葺合の背筋にびん、と緊張がはしった。爆発寸前だった怒りが瞬時に抑え込まれ、つま先から指先まで統制されて相手の攻撃を待つばかりの構えをとった。
 堂島さんも表情を変えた。子供相手とは思えない、敵の度量を推し量るような鋭い目でにらみかえしてきた。
「お前、日曜日に駅前をうろちょろしとったガキやな」
「葺合は僕の友達です!」
 僕は大あわてで割り込んだ。堂島さんの眉根がわずかにゆるんだ。土曜日のことを覚えていてくれたようだ。
「砂を洗っとったボクか」
 思い出したのは僕のことだけではなかったのか。何か気がかりなことが増えたみたいにあごをしごいた。
「フキアイ、てか……」
「刑事さん!」
 僕の呼びかけに千林がびくっとふるえた。
 こいつを訴えるなら今しかない。目の前の茂みをさらえばスリングショットはすぐにみつかるだろう。あいつのポケットにはもう残弾は残っていないかもしれないが、周囲に不自然に散らばったボールを確認してもらうことはできる。それに、葺合の腕には擦り傷ができて、わずかに血がにじんでいた。
「烏丸くんやったか。さっき通り過ぎた救急車は知り合いか?」
 せっかく聞いてくれたのに。がたがた震えている千林と目があったとたん、僕は話を続けられなくなってしまった。刑事さんに話してしまったら、千林はどうなる?まだ十三歳だから傷害罪にはならないのか?警察に補導されたらその先は……その時の僕には少年法の知識なんてなかった。

Web小説

 最近、ネットで知り合った人たちの書いておられる小説をあちこちで読ませてもらっています。
 自分とは発想やテーマ、文体など全然違う作品がいろいろあって、おもしろいです。
 インターネットの影響は功罪いろいろ言われますけど、「書きたい」人たちにとってはとてもいい時代なんじゃないでしょうか。
 昔なら同人誌系の文芸がそうだったのでしょうけど、「書きたい」「表現したい」という抑え難い気持ちがあって創作している、という人がほとんどです。
 「書かずにおれない」衝動から生み出されたものが、読んでくれた誰かと共鳴できたら作者冥利につきるところです。それでも、ただただ読者を増やすためだけに時代の多数派に媚びることはしない、あたりの心意気が感じられます。
 もちろん、独りよがりや個人的な感情ばかりに終止すればネット公開されていても誰も読んではくれないわけで、「理解される=コミュニケートする」ための努力もやっぱり必要だなあと、あらためて反省するのでした。

らす・きあ蛇足話その16 鳥さんのコーラス

 久しぶりに明石にでかけて、駅から40分ほどてくてく歩いてきました。
 今日は鳥の本を読んでいたせいか、鳥さんがよく目にはいりました。
 ため池から飛び立つチュウサギ、国道沿いにたむろすスズメにハシボソガラス、高いところを旋回しているトビ。
 国道を離れて木のたくさん植えてあるところを歩くと、何種類もの鳥がいっせいにさえずって、さながら混声合唱団。
 最低3種類くらいはいると思われたのですが、すばやく飛び回っては枝葉に隠れる姿は追えず、声の聞き分けができるほどの知識もなく、ただただ聞き惚れておりました。
 ケータイで録音できたんじゃないの、と気がついた時には後の祭り。
 あとで詳しい友人に聞くと、この時期にはカラ(シジュウカラ・ヤマガラ・エナガ・メジロなど)が混群をつくるので、それかもしれない、とのことでした。
 別世界に行ったような不思議な体験でした。作品内タイムが冬になったら聡たちにも聞かせてあげたいです。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第15回

「今日はさそってもらえて楽しかったよ。それでいいだろ」
 葺合は細長いタケノコの皮をカンテキにつっこみ、燃え上がった炎をみつめた。瞳に映った赤い光がちろちろとゆれていた。
「でももう、追っかけっこはしたくないよ。これからは、ちゃんと向き合って話したいからさ。だから……」
 もう一枚、皮をつっこんだところで楠さんが葺合の手をうちわではたいた。
「こら。火遊びすな。寝小便たれるで」
「うっさいわ」
 反射的に毒づいてから、葺合はあわててつけたした。
「今のんは爺に言うてんからな」
「じゃあ……」
「……もう、黙って放っぽっていかへん。それでええんやろ」
「……ありがと」
 葺合は前髪に指をつっこんでくしゃくしゃとかきまわした。
 誉められたり感謝されたりすると返事に困るのか。
 指についた煤が額をよごしたことも気にかけていないようだ。
「おい。そろそろ、坊を送ったれ」
 あたりはもう真っ暗になっていた。
 僕は楠さんにごちそうのお礼を言い、葺合に手をひかれてゴルフ場を抜け出した。
 彼の手はほっそりしているわりに指の関節がこりっと大きくて、ざらざらしたマメができていた。
 国道に出たところで別れ、西むきに歩き出した僕を、葺合はその場で見送っていた。約束はちゃんと守るからというように。僕のほうからその姿がみえなくなったあとも、しばらく立ち続けていたのだろうと思う。


2003/05/30 Fri.

 住之江は朝から欠席だった。
 昼休みになると、葺合は僕の席の前で足をとめ、まっすぐこっちを見た。約束の守り方がバカ正直で笑ってしまいそうだったが、つとめてまじめに返事をした。
「住之江が遅刻してくるかもしれないから、ここにいるよ」
 葺合はうなずいて出て行った。それを見計らったように、千林が寄ってきた。
「烏丸。昨日ゴルフ場に入り込んでいただろ」
 僕は机に頬杖をついたまま平静を装った。
「住之江から聞いたのかい」
 二人が同じ塾に通っていることは、住之江がぺらぺらしゃべっているからクラス全員が知っている。千林はそれがいやで、能力別のクラス編成でレベルが全然違うのだと始終弁解していた。
「ゆうべ遅く、あいつの親からうちに電話があった。親に内緒で塾をさぼったらしい。頭にいっぱい木の葉をつけて、腕を真っ赤っかに腫らして、へろへろになって帰ってきたそうだ。道に迷って何時間もうろうろしてたんだな」
「……そうか……」
 準備不足や無断欠席は自己責任としても、葺合を追うのを優先してほったらかした僕も悪かった。このまま出てこれないようなら、見舞いに行ってやらないと。
 千林の関心は別のところにあったようだ。
「住之江をぶっちぎったあと、葺合と何してたんだよ」
「何だっていいだろ」
 楠さんと会ったところは見られていないはずだ。
 千林は少し間をおいて食い下がった。
「僕から長居に電話してみた。こないだ気がつかなかったか?あいつの部屋の窓からはゴルフ場の林や掘建て小屋が丸見えなんだよ」
 思わず千林の顔から視線を泳がせてしまった。
 カマをかけられたと気づいたときには千林はあきれたように首を横にふっていた。
「まさかと思ったけど、あそこのホームレスと会ってたのかよ。さすが類友だな」
 自分の脈拍が速まるのがわかった。
「やめろよ。そういう言い方」
 千林は話をやめなかった。
「あっち側の味方につくんだな。お前、あの低能が転校してきてから趣味が変わっちまったな」
 こいつ、葺合が今は校内にいないとわかっていて強気に出てるんだ。
「この学校じゃまともなオツムをした数少ない人間のうちだと思ってたのにな」
「僕は変わってなんかいない」
 千林の顔を見据えて言ってやったが、相手は態度をかえなかった。
「なんでわざわざ自分の格を下げるような連中とつきあうんだよ。恥ずかしくないのか」
 頭の血流がどっと増えた気がした。腹が立つというのがどういう感覚か、久しぶりに思い出したようだ。
「住んでるとこや成績で人間の格を決めるほうがよっぽど恥ずかしくないか」
 千林もとうとう顔色を変えた。
「逆ギレかよ。いい子ぶってんじゃねえよ。わざわざ忠告してやったのに」
「中傷だ。忠告なんかじゃない」
 だんだん声が大きくなっていたらしい。クラスの生徒たちが唖然として僕らを見ていた。この二人が口げんかするなんて今まで思ってもみなかっただろう。
「もういい。話すだけ無駄だったな」
 千林は吐き捨てるように言って席へ戻っていった。
 僕は千林が手をついた机の表面をハンカチでぎゅっと拭った。
 しばらくして葺合が戻ってきた。不審そうに僕の顔を見ていたが、何を言われたかなんてとても話せなかった。

 放課後ひとりで住之江の家に謝りに行った。
 中央小学校区の田んぼの真ん中。もともとの集落からはかなり離れた場所にただ一棟そびえ立つ高層分譲マンションの最上階だ。
 住之江の母親は身なりも化粧もきちんとして隙のない人だった。外出する予定もなさそうなのに。のんびりリラックスしている姿が想像できない。
「ちゃんと送ってあげなくて、塾に遅れちゃってごめんなさい」
「もう中学生なんですから、庚一(こういち)が自分で考えて行動しないといけなかったんですよ」
 僕の謝罪に、住之江夫人は見かけとても礼儀正しく応対してくれた。
「さきほど、あなたのご自宅にお電話をしました。昆虫採集に出かけるのは許可したけれど、連れがいるとは知らなかった。ご迷惑をおかけしたと謝っていただきました。立派なお母様ね」
 それでも住之江には会わせてもらえず、玄関先で慇懃に追い払われた。
 うちの電話番号は千林が教えたのだろうかとか、葺合の家にも連絡したのだろうかとか、いろいろ気になったけど訊けそうにもなかった。
 中学校区の東端から北端へ。薄い雲に覆われた夕日を見ながらてくてく歩いて長居の家に着いた。
 今日も長居の家族は留守だった。
「母さんは弟を英語教室に連れて行ってるんだ。僕のぶんまで期待がかかっちゃって、あいつもご苦労さんだよ」
 長居は淡々と話しながら自室にあがらせてくれた。
 部屋の中は雑誌やプラモの散らかりようも空気の湿り具合も前回の訪問時とほとんど変わらず、ここだけ時間がとまったような感じだった。
 僕は窓際のがらくたを寄せて腰をおろした。長居は敷き布団の指定席で膝をかかえた。
「もう、来てくれないかと思ってた」
「どうして?」
「千林がさ。烏丸は交友関係が変わっちゃったって。もうあてにすんなって……」
「新しい友達ができたからって、古いつきあいがなくなるわけじゃないだろ」
「そりゃそうだけどさ……」
 長居は居心地悪そうにコントローラをいじくった。
 僕は窓に向きなおってカーテンを開けた。今まで気にかけていなかったが、確かにゴルフ場の隅の林も楠さんの小屋の青いビニールシートも視界の一角にはいっていた。
 長居はうつむいたままだったが、僕が何を見ているかはちゃんとわかっていた。
「ゴルフ場なのに人が住んでるんだよね。ときどきみかけるよ」
「……目障りかい?こっちを見られてる気がするとか言ってたけど」
「見られてるっても、なんとなく漠然となんだ。あの人がって感じじゃなくて。歳の離れた人って、僕、あんまりぴんとこないし。でも……」
「でも?」
 遠くから救急車のサイレンがかすかに聞こえてきた。

らす・きあ蛇足話その15 勘違い

 「墓守虫」作品中には初夏の味覚が登場。ビワだの笹タケノコだの一所懸命書いていると、ついつい現実世界の季節まで勘違いしてしまいます。
 「そろそろヤマモモが実った頃かなー。見に行こうかなー」なんてぼんやり考えてから「いやいや、今は12月!」と訂正をかけなければなりません。
 街へ出ればすっかりクリスマス気分、ルミナリエも始まって食卓は鍋が真っ盛り。実っているのはザクロに柿。この落差に頭がくらくら。ああ、物語のなかの季節もさっさと前に進めなくては。
(でも、これから梅雨にはいるんですよね。しばらくうっとうしい話が続きます)
 

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第14回

「そんな格好で林にはいったら、虫さされやウルシでひどい目にあうよ」
「塾に行く途中なんだもの」
 それが言い訳になるかのように、住之江がむくれた。
「お前こそ、ニューギニアでも探検に行くつもりか」
 ひょっこり顔を出した葺合が僕をみてにやにやと笑った。
 Tシャツはさすがに長袖だけど、道具は何も持っていない。
「遅ぅならんうちに、行こか」
 葺合は返事を待たずに歩き出した。国道と旧街道を横断してさらに北へ。フェンスを乗り越え、側溝を跳び越え、田んぼのあぜ道と駐車場と果樹園と墓地を無造作につっきってずんずん進んだ。
 これって家宅侵入じゃないかと冷や汗がでたが、まごまごしているとあっと言う間に取り残されそうだ。
 必死に追いすがって上り坂を歩き続け、あたりが薄暗くなる頃に目的地に着いた。
 いつのまにかゴルフ場の敷地にはいりこんでいた。見渡せば広々とした芝生に池やバンカーの砂地が点々とちらばっている。僕らがいるのはコースの縁にせりだした雑木林だった。
 あとから植樹されたのではなく、もとからの林をここだけ伐採せずに残したのだろう。木々の背は見上げるほど高く、幹はごつごつと太く、樹齢は僕らより上のようだった。
 住之江はアラカシの木の幹にデイパックを押しつけ、大汗をかいて息をきらしていた。運動は苦手なのに、よくここまでついてこれたな。
 葺合は忍び足で林にわけいった。
 あとに続いて枝をくぐると、すぐに甘ったるい樹液の匂いが鼻をくすぐった。一本のクヌギの幹にカナブンがぞろぞろとたかっていた。
 僕を追い越して木に駆け寄った住之江が歓声をあげた。
「カブトムシ!」
 葺合はしっと制して、さらに林の奥へと向かった。
 腐葉土が厚くつもったぶかぶかの地面を踏み分け、小枝をよけながらゆるゆると歩き続けて、ようやく立ち止まったのは、太い幹がこぶだらけ、ひびだらけのクヌギの老木の前だった。
 一見ひっそりして生きものの気配は感じられなかった。葺合は昼のあいだに目星をつけていたのだろう。迷うことなく樹皮が浮いてはがれかけた箇所に顔を寄せてのぞきこんだ。
 しばらくすると僕に手招きして場所をかわってくれた。
 樹皮をペンライトで照らすと、奥のほうでがさがさと何かが動いた。
 息をつめてピンセットをさしこみ、木肌に傷をつけないように注意しながら中にいるものをほじりだした。
 住之江は僕の指につままれて怒ったように足を動かすムシを見て、首をかしげた。
「コガネムシ?」
「ヒラタクワガタのメスだよ」
 僕は惚れぼれとムシを見つめた。オスほど派手ではないが、黒光りのする前翅や小振りでも頑丈そうなあごがとてもきれいだった。
 葺合は僕の幸せそうな顔を見て、ちょっと得意げに鼻をかいた。
「さて、と……」
 僕はもとのクヌギの幹に、いまつかまえたムシをそっととまらせた。ムシは樹皮の上をがさがさと歩きまわってすぐに視界から消えた。足元におっこちてしまったかもしれないが問題はないだろう。
 それから、虫かごに手を入れて昼間もらったオスをつまみだした。
「こいつも戻してやろう」
「……なんでや」
「もう十分観察したし。オスメスいれば、また繁殖できるだろ」
 葺合が眉間に皺をよせた。住之江は物欲しそうに親指の爪をかんだ。
 僕は二人にはさまれて、ムシをつまんだまま動けなくなってしまった。なんだか気持ちが行き違ってしまったらしい。
 仕方なく虫かごにクワガタを戻し、そのまま住之江に手渡した。とたんに無邪気な笑顔がひろがった。うれしそうに虫かごを放りあげるのではらはらした。
「飼い方は明日教えてやるから。それまでいじりまわすんじゃないぞ」
 一応釘は刺したが、どこまでわかってもらえたか。
 葺合はそのようすをじっと見ていた。しばらく間をおいてぼそっとつぶやいた。
「欲しなかったんか」
 僕はあわてて言った。
「生息地が見られただけでいいんだよ。ありがとう。本当にうれしかったよ」
 葺合がそれで納得したようには見えなかった。
 あからさまに文句は言わなかったが、ふんと肩をすくめて来たのとは別の方向に歩き出した。
「ちょっと……」
 僕はまたあわてて追いかけた。
 住之江はその場に棒立ちになった。
「もう行かないと。塾が終わっちゃうよぉ」
 たった今、時間の経過に気がついたようだ。
「帰り道くらいわかるだろ」
 ずんずん遠ざかっていく葺合を追いながら、そう声をかけるのがやっとだった。
 丈の高い雑草をふみしめ、低木の枝をかきわけ、もう先を行く人影を見失うと覚悟したとき、ふいに葺合が立ち止まった。
「何うろうろしとんや。私有地やぞ」
 突然の男の人の声にぎくりとした。
「お前、こんなとこまで坊を連れ込んだんけ」
 葺合の頭越しに見覚えのある野球帽が見えた。
「楠さん……」
 ほっとしたとたんに、どっと疲れを感じた。
「くそ爺かて、黙って入りこんどうやないか」
 葺合の反論にも楠さんは動じなかった。
「この林はもとからわいのねぐらや。ゴルフ場がでけたせいでちいっと狭なったけどな。特別に招待したってんから、わきまえんけ」
「そうだったんだ」
 それで得心がいった。引っ越してきたばかりの葺合が僕も知らない穴場をみつけられたわけに。
 葺合はぶすっとしたまま足元の落ち葉を蹴った。
「クワガタを見つけたんは俺やからな」
 楠さんは火のついていないタバコを舌にはりつけたまま、へらっと笑った。
「せっかくや。お供えの礼もあるさけ、ちょっと寄ってき」
 そうして僕らの先に立ってさらに林の奥へ案内してくれた。
 敷地の境界をしめすフェンスが申し訳のように張りめぐらされてはいたが、林の下草や蔓草はそんなものは無視してはびこっていた。足元の様子からして、ゴルフ場の人たちもここまではめったに入ってこないのだろう。
 そのフェンスを支柱に利用してトタン板を組み、ビニールシートをかぶせて小さな小屋が建てられていた。
 小屋の手前、猫の額のような空き地に、楠さんは素焼きのバケツのような道具をごろんと持ち出して据えつけた。
「……七輪?」
「カンテキや」
 楠さんは細長く削いだカマボコ板をカンテキの底に放り込み、マッチで火をつけると下の窓からうちわでぱたぱたとあおいだ。頃合いを見てレンコンのお化けのような練炭を載せ、器用に火をおこした。
「ぼけっとしてんと、そっちの皮むいとけ」
 指さされた先には長さ一メートルほどの木の棒のようなものが積み上げてあった。
 笹タケノコだ。茶色い皮をぺろぺろとむくと白っぽいつるんとした中身がでてきた。店で売っている孟宗竹のタケノコと違って、ゴボウほどの太さしかない。
「こんなもん、どこでぺちってきたんや」
「ひとを泥棒にすな。隣の笹藪から駐車場に越境してきよんや。さっさと掘らな車が停めれんようになるやろが」
 ぱちぱちとはぜる炭火の上で、細長いタケノコがじんわりと焦げ色をつけた。
 ぱらぱらと塩をふったのを、さっきむいた皮にのせて手渡された。おっかなびっくり口をつけてみたら、ほこほこして意外とおいしかった。
 熱々のタケノコをふうふう吹きながらかじりついている僕を見て、葺合がぽつっと言った。
「爺に出されたモンは喰うねんな」
「まだ、こだわってるの?クワガタをあげちゃったこと」
 僕は隣にすわった葺合の顔をそっとのぞきこんだ。

らす・きあ蛇足話その14 いもうとがいっぱい

 「墓守虫」で滋が口走った妹の名前は「希」ちゃん。
 この子は「鳥杜」でお母さんからの手紙に登場した「初音」ちゃんとは別人であります。生年もちがっているでしょ。
 これは作者の設定が混乱しているわけではなくて、滋の家族背景がややこしいだけのことです。詳細は「墓守虫」の物語のなかで、だんだん明らかにしていくつもりです。
 滋が勇ちゃんに弱い……というか、年下の女の子に甘いのは希ちゃんのことがあるからなんでしょうね。聡にとっては、御影さんやお母さんと並んで御し難い女性軍のメンバーであるのですが。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第13回

 葺合は一度だけ振り向いた。何も言わず、すぐに向きなおってずんずんと雑草の茂みの奥へ入っていく。
 フェンスの下をくぐり、藪の踏み分け道を歩き、青池に着いた。
 校則違反だとわかっていたけど、不思議と後ろめたさは感じなかった。
 池のほとりでは野球帽のおじさんがクロマツの幹にもたれてタバコをふかしていた。
 僕は
「こんにちは……」
と呼びかけてから、自己紹介もしていないことを思い出した。
「烏丸聡です」
「楠正成(くすのきまさしげ)や。今朝のビワはうまかったで」
 おじさんはまじめくさってそう言うと、軽く手を振ってくれた。
 僕らは水辺に並んで腰をおろし、それぞれの昼飯を広げた。
 カボチャの甘煮と竜田揚げを弁当箱の蓋にのせて葺合の前に押しやり、彼の膝からトマトサンドを一切れもらおうと手を伸ばした。
 葺合は僕よりさきにトマトサンドを取り上げて口に放り込んだ。
「お前はやめとけ。腹壊すぞ」
「こないだは平気だったよ」
「たまーに、当たりの悪いのがあるんや」
「それじゃあ、きみだって危ないんじゃないか」
「……きみぃ……」
 葺合がぶるっと身をふるわせた。詰め襟からちらっとのぞいた首筋に鳥肌がたっていた。
 僕の言葉遣いのせいだ。身についた関東ことばのせいで、今まで何度も「ええかっこしい」だの「きしょい」だのと言われ続けてきた。いやな思い出のせいで耳が赤くなるのを感じた。
 葺合は僕の反応をうかがって困ったように頭を掻いた。それから竜田揚げをつまんでゆっくりと食べ始めた。
「お前の母ちゃんが作ったんか」
「……うん」
「料理うまいな」
「うん」
「俺のオカンには負けるけどな」
「…………」
 なぐさめられてるんだか、ばかにされてるんだか、訳がわからなくなった。
 黙って食事をすませ、ひとり立ち上がって隣の林に歩いていった。
 目印をつけておいたあたりの落ち葉をかきわけ、地面を木の枝でほじくりかえすと、小さな白い骨がほろほろと出てきた。
 シデムシの幼虫に食いつくされたネズミの骨だ。柔らかい組織はなくなり、きれいに乾いてにおいもしなくなっていた。
 葺合がいつの間にか背後に立っていた。
 僕は枝の先で骨を埋め戻しながら言った。
「さっき、なんで先生に言わなかったのさ。ボールは投げつけられたんだって」
 葺合は肩をすくめて手にしたレジ袋をくしゃくしゃとまるめた。
「誰が投げたか、お前見てたか?」
「……ううん……わからなかった」
「道具を使うたんかもしれんな。目だたん動きやった」
「そばにいた連中にはわかったはずだろ」
「あいつらがチクると思うか?」
「……」
「住之江かて何がおこったかわかってへん。何されたとかも、よう説明せんやろ」
「でも……き……葺合くんは見たんだろ?」
「他に証拠がない」
「名前くらい言ったっていいじゃないか」
「先コが信用するか?」
 僕はあらためて、前の席にかたまっていた男子連中を思い浮かべた。成績も素行もそこそこで、ふだんはちっとも目立たない集団。少し離れたところには千林と三国、数名の女子もいた。
 玉出先生の目からみたら、葺合よりも面倒ごとを起こしそうな生徒は誰もいなかっただろう。
「でも、黙ってたらまるで葺合くんが悪いみたいじゃないか」
 返事がかえってこなかったので、僕も口をとじるしかなかった。
 学校の敷地内に戻ろうとフェンスをくぐった僕らは、妙な音を聞きつけて顔を見合わせた。
 そっと首を持ち上げてみると、旧校舎横の雑草の茂みを住之江がうろうろと歩きまわっていた。さっきから口の中でもごもごとつぶやく音が聞こえていたのだった。
 住之江は僕らをみつけて、一段と大きな情けない声をあげた。
「烏丸くんー、葺合くんー、どこに行ってたんだよぉ」
「ずっと僕らを捜してたのか?」
 背後で葺合がため息をついた。


2003/05/29 Thu.

 昼食をすませた住之江がトイレに行くというので、僕は廊下まで出て見守った。
 出入り口あたりですれちがった男子生徒のひとりが、住之江の肩にぶつかりかけて何か言おうとしたが、僕に見られていると気づいて不機嫌そうに離れていった。
 油断も隙もあったもんじゃない。連れションまでする気はないけど、目を離すわけにもいかない。
 こんな状況がいつまで続くんだろう。

 ゴルフボールの一件以来、住之江は葺合になついた。
 始業前や休み時間、今までは高井田や門真にひっぱられるままになっていたのが、葺合の横にへばりついて一方的に話をして過ごすようになった。
 葺合は返事をするでも世話をやくわけでもなかったが、邪険に追い払ったりばかにしたりもしなかった。
 さすがに昼休みだけは葺合についていかないよう僕が引きとめた。
 反射神経の鈍い住之江が青池に出て行こうとしたら、あっという間に誰かにみつかってしまうだろう。
 かわりに僕が弁当をつき合うはめになった。
 葺合におかずを分けてあげることはできなくなったが、仕方ない。この状況で先生の見ていないところに住之江を置き去りにしたら、アリの巣のそばに落ちた青虫のようにばらばらにされてしまう。
 僕か葺合の目が届いているかぎり、他の男子たちは住之江にちょっかいを出さなかった。
「コバンザメ」などという陰口も聞こえてきたが、それを本人が気にするようすもなかった。
 かわりに小突きまわされるようになったのは金岡だ。
 なんとかしてやりたいと思わなかったわけではないが、金岡は住之江よりずっと気位が高かった。
 僕が声をかけようとしても聞こえないふりをして離れていってしまう。
 盗難騒ぎが起こらなくなったのは、金の受け渡し場所が変わっただけのことだろう。高井田たちが直接手をださないのは大事なカモだからだろうが、他の生徒から守ってやっているようにもみえなかった。

 昼休み終了ぎりぎりに葺合が戻ってきた。いたずらっ子のような目をしたと思ったら、僕の机の上にころんと何かをころがした。
 驚きで息がとまりそうになった。黒光りする広い背中の甲虫が起き直り、猛々しく大顎をふりたててこっちを威嚇していた。
「ヒラタクワガタだ。ど、どこでみつけてきたの?」
 思わずどもってしまった僕を見て、葺合は目をくりっと動かして笑った。
「こんなもんが珍しいか」
「自分でつかまえたんだろ?」
「もっとみつけたいか」
 こくこくと頷くのがやっとだった。
「日が暮れたらすぐに池に来い」
「行く行く!」
 いきなり割ってはいって元気よく返事したのは住之江だ。
 葺合はちょっとむっとしたが
「僕はかまわないよ。なっ」
 あわててフォローをいれたので、仕方ないというように肩をすくめた。

 僕は早めに夕食を済ませ、午後七時きっかりに青池に着いた。
 夏至まであと一ヶ月。この時期日暮れはどんどん遅くなっている。
 長袖長ズボンにキャラバンシューズ、首まわりには手ぬぐい。軍手をはめて懐中電灯と虫かごのストラップを肩にかけ、ウエストポーチにはシャベルとペンライトとピンセットとラジオペンチと針金と救急セット。思いつく限りの装備をそろえて他の二人を待った。
 住之江は重そうなデイパックを背負って現れた。半袖のポロシャツにハーフパンツとスポーツサンダルといういでたちを見てため息がでた。

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