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ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第24回

 キアはちょっと口の端をまげた。Tシャツを頭からかぶり、生乾きのジーンズに足を通した。
「そろそろ戻るわ。昼の手伝いを始めんと」
 僕は放り込んだばかりの板きれをたき火から蹴り出してつきかけた火を踏み消した。
「なんか、販売店の奥さんにこき使われてないか?ちゃんと給料もらってる?」
「ただ飯食わしてもうてるぶんやからな」
 以前から気になってはいた。キアはどうやら、ちゃんとした契約書を取り交わさずに働いているらしい。葺合家の父親は、息子のバイトを気にかけていないんだろうか。
 僕はキアの家族のことを何も知らない。たまに探りをいれても何も教えてはもらえない。
 さっきのようにぽろっと話がこぼれることはあるけれど、それもすぐに切り上げられてしまう。
 残り火に砂と海水をかけて帰り支度をしている間に、どこからか、けたたましい音楽が聞こえてきた。
 堤防にあがるとドラムスやキーボードの音がさらにやかましく響きわたった。騒ぎの出所はコンクリの斜面沿いに停車した、あざやかなレモンイエローの大型乗用車のようだ。
 助手席のシートを倒して寝そべっていた男の人が、半開きのドアを革靴のつま先で押し開き、ひょこりと降りたった。
 中肉中背。ほとんど白くみえるほど脱色した髪に深紅のメッシュ。生成のサマースーツは、たぶん麻だろう。車に負けないくらい派手な黄色のシャツと紫色のネクタイにぎょっとしたが、トータルでみると、それなりに着こなしている。僕らを見上げた顔は思ったより若かった。
 どこかで見かけた気もするが、とっさには思い出せなかった。
 男の人はクマバチが飛び込みそうなほど大きく口をあけてあくびをし、目尻をこすってもう一度こちらを向いた。
 まるで珍しい動物を初めて目にしたように僕らをじろじろと観察していたが、やがてきれいに揃った白い歯をみせて屈託のない笑顔をみせた。
 そうして僕らが地面に降りるより先に、またするりと車内に戻っていった。
 乗用車は耳のこわれそうな排気音をたてて急発進し、タイヤを軋ませながら方向転換して海沿いの道を走り去った。
「なんだったんだ、今の」
 キアは僕の当惑にはこたえず、眉間に皺をよせて車の走り去った方角をにらんでいた。


2003/08/02 Sat.

 うだるように暑い午後が続いていても、日没の時間は少しずつ確実に早くなっている。
 僕は刻々と暗くなっていく空の下で、児童公園の脇の歩道をゆっくりと歩いていた。
 マテバシイの若木が公園の周囲を縁取るように植えられていて、その外側には歩道との境界線上に側溝が掘られている。U字型のコンクリートブロックが埋め込まれた溝の中を、懐中電灯で照らしながら見てまわった。
 落ち葉やゴミが溜まったあいだに時折がさがさと動くものがいる。それをつまみあげては手近な木の幹にとまらせてやった。クマゼミの幼虫は鎌形の前肢とか細い中後肢をじたばた動かしたが、樹皮に触れるとしっかりとしがみついて幹をよじ登っていった。
 五、六匹くらいサルベージしただろうか。一匹が僕の腰くらいの高さのところで動かなくなってしまった。
 こんなところにいたら周囲から丸見えだ。鳥がねぐらに帰っても、トカゲや猫の類はいくらでもうろうろしているのに。
 公園をぐるりと一周して戻ってきたときにも、そいつは同じ場所にじっとしていた。
 すっかり日は暮れたが、街頭の灯りに照らされて、幼虫の泥をかぶった背中がはっきりと見えていた。
 腰を落として観察を続けていたら、背後に誰かが近づく気配がした。
 てっきりキアだと思って確かめもせずに話しかけた。
「セミの羽化、見たことある?」
「セミノウカ?なんやそら。ここで見れるんか」
 返ってきたのは聞き慣れないしゃがれ声だった。
 驚いて振り向くと、若い男の人と目が合った。昨日、海辺で見かけた人だ。
 僕のとまどいをよそに、男の人はまた白い歯をみせてからっと笑った。
「さっきから見とってんけど、ようわからんかってな。ここでいったい何しよんや。何か拾い集めとったんか?」
 僕は背をのばして相手と向き合った。ノースリーブの黄色いTシャツにじゃらじゃらと鎖をぶらさげたカーキの綿パン。一見ラフに見えて仕立ては良い服だ。その手のブランドものか何かなんだろう。
 ずっと見られていたと聞いてちょっと気持ち悪かったが、男の人は何の悪気もないみたいににこにこ笑いかけてくる。邪険な態度をとるのも気が引けた。
「地面から出てきたセミの幼虫が、ときどき側溝に落ちてしまうんですよ。拾い上げて木にとまらせてやってました」
 男の人は不思議そうにあごをしごいた。
「セミぃ?あの毎朝騒ぎよるやつか。なんで助ける必要があんねん。それでのうても、やかましいてかなわんのに」
 不必要に大きな声を出されて、僕は首をすくめた。
「待ち合わせの間に、ちょっと気にかけただけです。目の前で死なれるのもいやだから」
「そんなもんかいな。で、さっき言うとった『センノーカ』って何や」
「羽に化けると書いて『羽化』ですよ。幼虫が今から脱皮して大人のセミになるんです」
 僕はさっきからぴくりとも動かない幼虫を指さした。
「それをじーっと見てる気ぃか。ひまやな」
「始まってしまえば一時間ほどのことです」
 話をしている間に、幼虫の背中に細い亀裂が生じていた。
 こいつは時間が差し迫っていたので高所へ登ることを断念したのだろうか。
 僕は黙礼して話を切り上げ、マテバシイの根元に膝をついて、幼虫をじっと見つめた。
 男の人は立ち去ろうとしなかった。両膝に手をおいて僕の肩越しにのぞきこんできた。
 亀裂は徐々にひろがり、茶色く乾いた殻の中から白くみずみずしい身体がゆっくりゆっくりと盛り上がってきた。胸部に続いて大きな目のついた頭が現れた。
 殻を離れた上半身が大きくのけぞった。六本の脚が胸部の内側に畳まれているのがあらわになった。腹部の先だけでぶらさがっているので今にも落ちそうに見える。頭の下のふたつのこぶがゆるゆるとほどけてひろがり始めた。
 さかさまにぶらさがったままどれくらい時間がたっただろう。セミは前触れなしにくいと身体を起こし、前脚で脱いだばかりの殻につかまった。するりと腹部がぬけて、成虫の全身が姿をあらわした。
 僕の肩に手を置いた男の人が、深いため息をついた。
 うす緑の羽がさらにひろがり、透明度を増して輝いた。
「烏丸!」
 鋭い声に呼ばれてはっとした。
 道路の角にたったキアが、険しい目でこちらをにらんでいた。
「どうしたの……」
 僕の肩に置かれていた手がすっと動いて首すじにまわされた。圧力は全然かかっていなかったが、なでられた感触にぎくりとした。
 キアがダッシュしてきて僕の肩をつかむのと、男の人が飛びのくのがほとんど同時だった。力まかせに引き寄せられてバランスを崩し、僕はキアの胸に抱きかかえられるように倒れ込んでしまった。
 男の人は軽やかなステップを踏んで後ろへさがり、道路に尻餅をついたキアとその上に乗った僕を見て楽しそうに笑った。
「ええなあ。セミもおもろかったけど、君らもええ味しとうで。ほんまに西中始まって以来の秀才と、淡路を蹴倒したケンカ屋なんか?」
 腹の底がずんと冷たくなった。この人は僕らの噂を知っている。いったい……

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