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ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第25回

 キアは僕を脇にどけて、今にもつかみかからんばかりに身構えた。彼がにらみつけていたのは目の前の黄色いTシャツの男ではなく、その背後にひっそり立った四十がらみの男性だった。
 くたびれた半袖のワイシャツにチャコールグレーのスラックス。地味ないでたちでもサラリーマンには見えない。キアを見かえす眼光が鋭すぎるのだ。
「多聞(たもん)。ほんまにこいつか?」
 若いほうの男に聞かれて、年上の男がうなずいた。
「近寄らんでくださいよ。噛みつきますよって」
「ケモノ扱いすんな!」
 キアが叫んだ。男の醒めた表情に変化はなかった。
「犬なみに吠えとろうが」
 キアはこいつと知り合いなのか?
 若いほうは肩をふるわせてひくひく笑い続けていた。
「おもろいやんか。お前に笑かされるとは思わんかったで」
 キアはきつい目をそちらに向けた。
「お前が、江坂か」
「えっ……」
 僕はぎょっとしてもう一度若い男の顔をまじまじと見た。江坂とは校内ですれちがったり、遠目に姿をながめる機会はあったはずなのに。髪を脱色して私服を着ただけで、目の前の男はとても中学生には見えなかった。
 江坂の笑みに初めて邪気がさした。
「今日はここまでや。まあ、これからもよろしゅうな」
 多聞に手で合図してそのまま立ち去ると見せて、いきなり振り向いて羽化したばかりのクマゼミをつかみとり、側溝のコンクリにたたきつけた。
「ああっ」
 僕は我を忘れて道路にはいつくばり、腕をのばした。手遅れだ。すくいあげたものは、ほんの数秒ぴくぴくと脚を動かしていたが、まもなく命をもたないぶよぶよの塊と化した。
「羽化はきれいやったよ。けど、やっぱりセミはうるさいわ」
 江坂はけろりとした顔で言い放つと、多聞を引き連れて今度こそ歩き去った。
 公園の向こう側で急発進する自動車の音が聞こえた。
 僕は側溝のわきに呆然とへたりこんでいた。あたりが静かになってからのろのろと顔をあげると、キアが僕の手元を見つめていた。
 僕が手のひらに載せた塊を見つめていた。
 その顔は凍りついたように表情がなく、セミの死骸と同じくらい青白かった。
 キアが見ていたのはセミでも僕でもなかった。僕はこの顔を知っている。前にも見たことがある。いちばん大切なものを失った人の顔。
 うわんと耳鳴りがして気分が悪くなった。どうして僕がそんなことを知っている?どこでそんなものを見た?
 キアがさきに我に返って僕の腕をつかんだ。僕の顔色も同じくらい青ざめていたのだろう。公園の静寂をやぶってヤブキリが無遠慮に鳴き始めた。


2003/08/06 Wed.

 午後、ふたりでJRの踏切をまたいで駅の南へ出かけた。
 住宅地のはずれでは大きな池を半分ほど埋め立てて造成工事がすすめられている。新しい公園ができるそうだ。水を抜かれた池の底、キャタピラの轍が走る泥んこに、腐った水草と小魚の死骸が埋もれていた。岸辺をコンクリで固めた清潔な池に水を入れ直したとき、いったいどんな生き物が住み着くのだろうか。
 工事現場の隣にはひと足先に図書館の分室がオープンしていた。南側の壁面がほとんどガラス戸で広いテラスのついたぴかぴかの建物は、震災で傾いだままの木造住宅に囲まれて浮きまくっていた。がらんとした駐車場とぎゅうぎゅうに混雑した駐輪場の裏手には、まだまだ広い水田が広がっていた。
 朝から断続的に強い雨が降っているせいで、空気は湿りを含んでぽってりと重い。カエルをさがすにはちょうどいい案配だ。
 タモ網を構えてゆっくりとあぜ道を歩いていくと、緑色の稲株の陰から跳ね出すやつがいる。そこへすかさず網をかぶせて竿をひねる。
「今度はでかいトノサマだ」
 さっきからつかまるのはトノサマガエル、ツチガエルにアマガエル。ダルマガエルがいないかと捜しているのだが、まだ一匹もみつからない。
 僕が網を裏返して逃がしてやったカエルを、キアがさっと素手でつかみとり、両足を持ってぶらさげた。
「たいして肉はついてへんな」
「……食べるの?」
「もも肉な。ウシガエルやったら高級やけど、今日はみつからんな」
 残留農薬が心配だと言いかけてやめた。冗談なのか本気なのかよくわからなかったから。
 足を放してもらって手のひらに載せられたカエルは、すぐに跳びおりて田んぼに消えた。

 江坂と出会って以来、キアは僕が外出するたびにぴったりはりついて護衛を務めるようになった。直接暴力に訴えてくるようなタイプじゃないと説明しても、なかなか納得してくれなかった。
 これからのことは相手の出方次第だ。あいつら今頃は僕らをどう利用するかじっくり考えているんだろう。ゆかいな状況ではなかったが、そればかり気に病んでいてもしかたない。
 ムシやカエルを追いかけて遊んでいる間は、キアも見かけ無邪気につきあってくれていた。
 一学期に比べれば、キアはずいぶん朗らかになった。けれども、夜の公園で見た凍りついた顔は忘れられない。僕の見まちがいだったと思いこもうとしたが、うまくいかなかった。かえって他のことまで思い出しそうになって、それが何なのかわかるよりさきに押し戻すのに苦労した。

 用水路の傍に並んで立ち小便をした。ふたりともまだ「生えていない」ことを確かめて、なんとなくほっとした。
「また降り出しそうだな」
 僕は今にもはち切れそうに垂れ込めた雲を見上げてつぶやいた。
 そのとき、いきなり足元がゆらりと動いた。
 キアがびん、と背をのばした。
「地震や」
「えっ」
 僕は自分が立ちくらみでもしたかと思ったのに。唇をひきむすんで図書館の建物めざして駆けだしたキアをあわてて追いかけた。
 僕らが駆け込んだ時にはもう1階ロビーの大型TVの前に図書館中の人達が集まっていた。
 平和祈念公園の中継映像にニュース速報のテロップが重なり、しばらくしてスタジオに切り替わった。地方局のアナウンサーが臨時ニュースを読みあげはじめた。
 震源地は県の東部。この付近の震度は二。津波の心配はなし。JRは一時的に停車したがすでに運転を再開……
「震度二やて。そんなもんやった?」
「もうちょっと強かった気ぃもしたけど」
 たいした被害は出ていないとわかると、TVの前の女子高校生たちがおしゃべりを始めた。
「うちらへん、前の時は五強やった。本棚がひっくり返って往生したわ」
「私の家は大丈夫やったのに、お隣の屋根から瓦が落ちて、植木鉢を割ってもたんよ。弁償せえとも言われへんし……」
「お父さんたちが神部のおばさんと電話が通じへんゆうて、車で出かけようとしてん。そしたら、真っ黒い煙がもくもく上がるんが見えて、びっくりしたて。まるで戦時中の大空襲の時と同じ……」
 砂でも噛んだみたいに口の中がざりざりして気分が悪くなった。
 僕の横ではキアが食い入るようにニュースの映像を見つめていた。
『……俺はこのへんで生まれてんで……六歳で引っ越してん……』
 こいつは八年前の大震災を経験しているんだ。
 僕はTVに背を向け、画面にかじりつく人たちの肩にぶつかりながら混雑を抜け出した。
 出入り口のドアを思い切り押し戻したら、閉まるとき予想外に大きな音をたてた。
 受付の女の人が眉をひそめるのがガラス戸越しに見えたが、僕はぷいと横を向いて大股でテラスの外に出た。

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