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2010年3月の記事

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第30回

 住之江が意識している視線のさきには千林と門真がいた。
 僕はそばに立ったキアにささやいた。
「千林と同じ塾に通い続けてたなら、何か言われてても不思議じゃないよな」
「門真は補習の間じゅう、住之江が来てへん言うて文句垂れてたな」
 僕らがまだ友達のつもりでいても、住之江が怖がっていては近づきようがなかった。

 ホームルームが始まり、宇多野先生は保護者あてのプリントを何枚か配った。
 前の席から紙束をまわしてきた女子生徒の指が、受け取ろうとした僕の指に軽く触れた。
 艶よく磨いた長い爪にかすられてどきっとした。女子生徒はすぐに前に向き直ってしまったが、白いうなじにかかる茶色がかった髪が、ふわりとなびいて、むせるような匂いを残した。腹の底が熱くなりかけて、あわてて顔をそむけた。
 クラスにこんな子がいたっけか。まぬけな考えをすぐに打ち消した。今学期はまだ席替えをしていないじゃないか。
 僕の前にいるのは一学期と同じ、本山だ。改めてあたりを見まわし、夏休み前とは別人のように雰囲気の変わった女子生徒が他にも何人かいることに気がついた。
 なぜだか、カラスアゲハをつかまえそこねて指に鱗粉だけ残った時のことを思い出した。落ち着かない気分のまま、配られたばかりのプリントに目を落とした。
 夏に開催された中学校総合体育大会の結果報告と、十一月に予定されている駅伝大会の予告。その応援のためのPTA活動報告と賛助のお願い。
 読みすすむうちに頭がさえざえと冷えてきた。
 一学期にも感じていたことだが、同じ小学校の出身でも運動系の部活にはいった連中とは何となく疎遠になってしまった。
 部員同士でかたまっていることもあるし、早朝放課後昼休みさえ練習続きでゆっくり話をする機会もない。
 それだけでなく、連中が僕ら文字通りの「部外者」を疎んじているような雰囲気さえ感じてしまう。
 PTAの世話役はほとんどが運動部員の親たちで、設備の充実だの広報だの試合の応援だのにばかり熱心だ。
 自分たちの都合優先で、クラスや学内のごたごたからわざと距離を置いているんじゃないか。
 僕は頭をぶんと横に振って自分の頬をはたいた。
 千林のせいで妙な被害者根性に染まってしまってるようだ。

 終業時間までに、とうとう姿を見せなかった生徒が二人いた。
 長居と金岡。
 宇多野先生は結局、二人の名前すら口に出さなかった。

 チャイムを待ちわびた生徒たちがばたばたと帰り支度を始めた矢先、高井田が教室に飛び込んできた。
 すぐ後ろに追いついた玉出先生の手をふりほどき、あわててそばに行こうとした三国に短く脅すような声を吐いた。鞄をつかむと生徒たちの流れを蹴散らして出て行った。残された先生はその後ろ姿を見送ってから、あたりをじろりと見渡した。
 宇多野先生はとっくに教室から姿を消していた。
「葺合。ちょっと来い」
 生徒たちのざわめきが一瞬、ぴたりと止んだ。
 キアは初めて出会ったときと同じ、醒めた目で玉出先生を見つめ返したが、黙って鞄をかつぎあげ、先生のあとについて出て行った。
 二人の姿が見えなくなると、あたりは堰を切ったような騒ぎになった。
「高井田のやつ、今度こそやばいんとちゃうか」
「葺合はまた何をやらかしたんや?」
 誰かの声にむかっときて反論しようと振りむいたところに、御影が立ちはだかった。
「思いつきで好き勝手しゃべってるだけじゃない。いちいちつっかからなくてもいいでしょ」
「葺合は何もしていない」
 ぶすっとこたえた僕に、御影は肩をすくめてみせた。
「自分の身を守ろうとさえしてないよね。危なっかしいったら」
「何の話だよ」
「地震のあった日のこと、聡は知らないかな」
 首筋にぞくりと悪寒が走った。
「新道のAマートで集団万引きがあったんだって。現行犯でつかまったのはひとりだけど、珍しく警察がはいって、派手に共犯者探しをしたみたい」
「……葺合は無関係だ」
 僕を捜して店にたどりついただけ、僕が声をかけなかったから身動きとれなかっただけなのに。
 きびすを返して教室を出ようとした僕の背に、御影が皮肉っぽく言い放った。
「まさか、玉出先生にまで吠えつくつもりじゃないでしょうね」
「どういう意味だよ」
「安土先生がおしゃべりなの忘れた?成績を鼻にかけて増長してるって言いふらされてるよ、有名人」
 横っ面をはり倒されたみたいに、足がすくんで動けなくなった。
「身にやましいことはないっていうなら、しばらくおとなしくしてなさい。大事なお友達のためにもね」

 御影が去り、他の同級生たちが去り、最後まで躊躇していた大宮が、結局声をかけそびれて帰って行った。
 がらんとした教室で、文鳥が無邪気にさえずった。
 キアは戻ってこなかった。鞄を持って出たときから、まっすぐ帰るつもりだったのだろう。
 僕はひとり、のろのろと教室を出た。頭の中はごちゃごちゃにちらかっていたが、足はいつもの習慣で勝手に正門へ向かった。
 ようすがおかしいと気づいたのは門をくぐって外に出てからだ。
 普段はにぎやかに騒ぎながら下校していく生徒たちが、うつむいて足早に歩いていく。
 正門の向かい側、民家の外塀に片手をついて大柄な男の人が立っていた。その広い背中が覆いかぶさってよく見えないが、塀とのあいだにもうひとり誰かいるようだ。
 壬生先生が校舎からばたばたと走ってきた。僕を追い越して男の人の前に進み出た。
「あなた、うちの生徒に何をしてるんですか」
 毅然とした態度をとろうと精一杯がんばっているけど、声も足も震えていた。僕は黙って先生の横に並んだ。
 男の人がゆっくりふりむいた。堂島さんだ。
 その後ろでは高井田が塀に背中をはりつけ、青い顔をして縮こまっていた。
「ちょっと話を聞かせてもろてただけですがな」
 壬生先生は目の前につきだされた手帳を見て、堂島さんがいきなり手を出してくることはないと判断したようだ。少しだけ元気になって、背筋をのばした。
「いくら警察の方でも、学校の許可なくこういうことをされては困ります」
「ガッコの中には入ってへん。ここは天下の公道やで」
「下校中の生徒らを刺激せんとって欲しい。そうお願いする言うたら、聞いてもらえるか」
 いつの間にか僕の後ろに玉出先生が立っていた。丁重な物言いとはうらはらに、けんか腰のように堂島さんをねめつけていた。
 堂島さんは不敵な笑顔を見せた。こそこそと横ばいに逃げ出した高井田を追いかけようとはせず、先生たちに会釈することもなく、悠々とした足取りで歩き去った。
 僕は玉出先生に背を向けたまま、ぼそっと言った。
「八月六日のAマートには、僕もいました」
 先生は僕のことばなど聞いていないように、眉間にしわを寄せて毒づいた。
「あの刑事、学校に無断で店側とつるんでかぎまわりおって。まったく、中学生相手に何考えとんねん」
 先生が高井田やキアを何のために呼びつけたのか、尋ねることはできなかった。


2003/09/02 Tue.

 台風が近づいているせいで、生暖かく湿った風が吹き始めていた。クロマツの枝がざわざわと揺れ、青池の水面に白い波がたった。
 僕らは風上を避けて祠の裏に腰をおろした。
 弁当箱の蓋にスルメイカとナスの天ぷらを取り分けてキアに手渡した。キアはぐずぐずに熟れて崩れかけたイチジクをパックからひとつ取って僕にくれた。
 ようやく二人だけでゆっくり話す時間がとれた。

名前の読み仮名

別館に掲載している「ラス・キア 登場人物紹介」コーナーに、名前の読み仮名をつけました。

もともと日本人登場人物の姓はすべて関西圏の地名からとっています。関東の人にはなじみの薄い地名もあるようなので、参考になさってください。

別館のトップページの下部には携帯向けページへはいるリンクも設けています。
携帯から「脚高蜘蛛」「鳥杜」を読みやすいように設定していますので、どうぞご利用ください。

なお、本文のほうも初出時に読み仮名をつけるよう、漸次改訂していきます。
こちらには時間がかかりそうです。
しばらくお待ちください。

らす・きあ蛇足話その30 「ニシ」

 「墓守虫」第24回あたりで、滋が貝を採って聡といっしょに食べるシーンがあります。
 「ニシ」を漢字で書くと「螺」。この一字で巻貝という意味です。
 「らせん」を漢字で書くと「螺旋」でしょう。「タニシ」は「田螺」、田んぼにいる巻貝という意味です。
 滋が採ってきたのは、おそらく「アカニシ」、瀬戸内海などで食用にされる、サザエに似た巻貝の小さいやつだと思います。貝殻の内縁が赤いから「赤螺」。
 「サザエ」は「栄螺」。他には、「イボニシ(疣螺)」も食用にされるそうです。
 一部で「アカニシ貝」と表記されていることがありますが、「赤いカイカイ」と意味がかぶってしまうので、「貝」の字はつけないほうが正しいようです。
 

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第29回

 眉の下あたりにうっすらと茶色くなった打ち身の痕が残っていた。
「帰りが遅い言うて親父にしばかれた」
「ええっ」
「正拳くらって人相変わってもてな。腫れがひくまで、かっこ悪うて外へ出れんかった」
 あっけにとられて二の句が継げなかった。
 こいつの顔面を殴れる人がいるなんて。それも父親?
 僕があんぐりと口をあけているのを見て、キアが声をたてて笑った。なんだか、いつもとは違うテンションの高さに違和感を覚えた。
 上目遣いに相手の顔色を見ながらぼそっと訊いてみた。
「なあ、実の父親ってさ、息子が悪さしたら、殴り倒すものなのかな、ふつう」
 今度はキアのほうが虚をつかれたようにかたまった。
「……お前んとこは殴らへんのか?」
「まあ、そうだけど……変かな?……」
「いや……」
 さらに居心地が悪くなって、あわてて話題をかえた。
「明日またつきあってくれるかい?そろそろツクツクボウシが鳴き出すから、天気が良かったら雑木林で……」
「ああ。金土日はいけるかな。来週から補習やから……」
「補習?何の?」
 キアはしまったというように頭をかいた。
「学期末に言うてへんかったか?安土の数学」
「それって期末が欠点だったやつが受けるんだろ?なんでお前が!」


2003/08/18 Mon.

 僕は補習の始まる十分前に職員室に乗り込んだ。
 安土先生はひと口かじったあんパンを缶コーヒーで飲み下してから、きょとんとした顔で僕の質問を復唱した。
「葺合を補習に呼んだ理由、てか?」
 なんでそんなことを気にするのか、わけがわからないと言いたげだった。
「期末考査の成績はあいつから直接聞いています。住之江と高井田は呼ばれてないみたいだけど、あの二人のほうが素点は低いはずです」
「他の生徒の点数を調べてまわったんか?お前それはちょっと……」
「不適切な行動だというなら謝ります。さきに質問に答えてください」
 直立不動で畳みかけるように言いつのる僕の前で、先生はやれやれとため息をついた。
「住之江の不参加は保護者の意向や。自宅で家庭教師はりつけてみっちり勉強さすて親御さんが言うてきた」
 僕は住之江の母親のすまし顔を思い出した。
「高井田にはさきにせなあかんことがある。今頃は玉出先生や親と一緒に県警の青少年相談室に行っとうはずや」
 名前をあげた二人の事情はわかった。それにしてもキアが呼び出されたわけは説明されていない。
 僕が納得していないと知って、安土先生はしかたないなと首を振った。
「最初は葺合を呼ぶつもりなんてなかってんけどな。期末の採点したときはようがんばったと思うたよ。けど……」
「けど?」
「あいつがカンニングしてたて情報がはいってな」
「……千林ですね」
 怒りを抑えたつもりだったが、しっかり声にでてしまった。先生がわずかに椅子をひいた。
「葺合に数学を教えたのは僕です。中間の追試から、成績は上がってきていたはずです」
「そうか。きみから先にそない聞いとったら……」
 いくら相手が教師でも、もうがまんしきれなかった。
「先生は成績の順に生徒の言うことを信用するんですか」
 キアよりも千林を。千林よりも僕を。
 先生はむっとした顔で言い返してきた。
「努力して結果を出すもんを評価して悪いか」
「それを言うなら、住之江はせいいっぱい努力してましたよ。結果がだせなければ切り捨てですか。いくら教えても進歩しない生徒を補習で教えなくて済んで、助かったって思ってるんじゃないですか」
「烏丸!」
 先生の怒声に職員室にいた全員が振り返った。
 おかげで僕の頭の熱は少し冷めたが、逆にぱさぱさにしらけた気分が胸に溜まった。
「失礼しました」
 僕が職員室を出て扉を閉めるのとほとんど同時に、安土先生の声が聞こえた。
「成績はええけど、難儀な性格やな」
 廊下を蹴飛ばすように足音をたてて歩いた。
 教室の手前で登校してきたばかりのキアに追いついた。
「お前、安土先生の誤解を知ってたのか?」
 キアはなにごとかというように足をとめた。僕は職員室での一部始終を説明した。あたりに響かないよう声を抑えるのに苦労した。
「終業式のあとで急に呼ばれたからな。なんかあったんやろとは思うとったけど」
 キアはまたのんびりと歩き出した。
「そないにかっかせんでもええで、ラス」
「濡れ衣着せられて悔しくないのかよ」
「慣れとうよ」
「慣れるなよ!」
「ほんまのとこ、補習は受けたい思うてたんや。せっかくやから」
 キアは照れくさそうに髪をかきあげた。
「俺、アホやからどうせ勉強はできへん思うてた。そうでもないとわかって、ちょっと欲がでてきてん。もうちっと間ふんばったら、何か変えられそうな気がしてな」
「それなら、僕が教えてやる……」
「無理せんでええて。またピーゲリになっても困るやろ」
「それとこれとは関係ない!」
 顔を赤くして叫んでしまった。廊下をすれ違った他クラスの生徒がけげんそうに振り向いた。
「気持ちだけもうとくよ」
 教室につき、キアは僕の耳に一瞬だけ顔を寄せた。
「……ありがと、な」
 僕は出入り口の前で立ちすくんだ。さっきよりよけいに顔が赤くなったみたいだが、気持ちはぜんぜん違っていた。
「か……感謝されたくてやってんじゃないからな」
 教室にはいっていってしまったキアに僕のつぶやきは聞こえなかっただろう。
 門真と、あと数名の男子生徒が僕を押しのけるようにして出入り口をくぐっていった。


第五章 アキアカネ

2003/09/01 Mon.

 始業式の朝、大宮は文鳥のケージをかかえて登校してきた。
「休みのあいだ、家で世話してたの?」
 僕がたずねると、
「休みのあいだだけって約束やってん。お父さん、生き物飼うの好きやないから」
 そう言って、名残惜しそうにカーブした針金をなでた。
 文鳥は元気そうにチチッと鳴いて止まり木を飛び移った。
 御影が僕らに軽く手を振って通り過ぎた。合唱部の女子生徒たちがすぐに寄ってきて、にぎやかにおしゃべりを始めた。
 千林が入ってきて、いきなり僕と目があった。挑むようににらみつけてきたが、こっちが何も言わないでいるとぷいと横を向き、肩をつっぱらかせてどしんと席についた。
 キアが思い出せよというように僕を目で制した。
「シカトしたれよ。あいつにはそれが一番ましなあいさつや」
 高井田、門真、三国は予鈴が鳴り終わってから姿を見せた。ぶすっと不機嫌そうなのは新学期が始まったせいだけだろうか。
 担任が不在のまま校庭に整列せよと放送がかかり、生徒たちは学年主任に追い立てられてだらだらと移動を始めた。玉出先生が廊下で高井田を呼び止め、どこかへ連れ出していった。
 宇多野先生は校長の訓話にぎりぎり間に合った。赤い目をしょぼつかせ、寝癖のついた頭をとかしたようすもなかった。
 始業式が終わり、教室に戻ってみると、住之江がぽつんとすわっていた。あまり元気がなさそうだ。ほとんど日焼けしていないうえに一学期よりちょっと太ったようだった。
「おはよう」
 近寄ってあいさつしたら、お化けにでも出会ったみたいにおびえた顔をして後じさった。身体は固くなっているのに目線が泳いでいる。しかたなく席に戻ってこっそりと観察を続けた。

「墓守虫」のもくじを整理しました

 ブログの左サイドバーに掲載している「墓守虫」のもくじが見にくくなってきたので、章立てに分けて整理しました。
 暫定ですので、完結時にはまた、分けるところや表題を変更するかもしれません。
 とりあえず、読者さんの便宜をはかったつもりです。
 ご意見ご要望がありましたら、遠慮なくお知らせください。

いただき物とバナーと

「マイフォト」に鵲教授さんからいただいたラス・キアのイラストを掲載しました。

「プロフィール」に新しく作成したバナーを掲載しました。
リンクは本館、別館どちらかのトップに張ってくださいね。

らす・きあ蛇足話その29 生き物のせいじゃない

 トキを襲ったテンはノウサギ退治のために持ち込まれた動物だとか。
 ハブを退治させるつもりで奄美に放したマングースがクロウサギを捕食しているとか。
 人間の浅知恵で自然界の生き物を捕獲したり移送したり保護したりしていると、際限のない泥沼状態に陥っていきそうです。

 さらに心配なのは、人間が自分たちも動物だということを忘れがちなんじゃないかということ。
 とくに子供の成長は生物のことわりを無視して親の思いどおりにすすめることなんてできません。
 大人の都合どおりに子供を造りあげようなんて考えるとろくなことにならない。
 逆に、世話を放棄するなんて言語道断。
 みんな自分が子供の頃は大人の身勝手に苦労したでしょうに。だから自分の子供も同じ目にあえばいい、のじゃなくて、次世代こそもっとましに育ててあげたいと思いませんか。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第28回

 ぼんやりと夕日を見ている僕の横を、スポーツバッグを肩に掛けた高校生やスーツ姿の女の人、買い物袋をさげた男の人、塾の鞄を背負った小学生などが次々と通り過ぎ、県住のなかに吸い込まれていった。
 西中生も数名いた。僕を見てなにごとかささやきかわしながらすれ違っていったが、誰も声をかけてはこなかった。


2003/08/08 Fri.

 とうとうキアに会えないまま、父さんの運転するワゴンRで家族旅行に連れ出された。早朝に出発して、ときどき母さんに運転を交代しながら高速道路をひたすら東に走り、当海の温泉旅館で伯父さん家族と合流した。
 従妹の智沙(ちさ)は伯父さんの一人娘で幼稚園の年長組だ。まだ薄めで頼りない髪を長くのばし、おしゃまなツインテールにまとめている。勇が大好きで、二歳の年の差などおかまいなしにまねをしようとする。勇もお姉さんになりきれずにはりあってしまうので、ふたりだけで放っておくととんでもないことをしでかしそうだ。
 母さんと伯母さんが買い物に出かけている間、僕がお守り役をまかされた。
 女の子たちは客室の煎茶セットを使ってままごとを始めた。
「わたしがパパ、智沙ちゃんがママで、お兄ちゃんは赤ちゃんね」
 お湯のポットには触らない約束で、それでも智沙は一所懸命お茶をいれるふりをして勇に湯飲みを差し出した。
「はいどうぞ、パパ」
「ああ、ありがとう」
 父さんのまねをして受け取った勇を見て、智沙が口をとがらせた。
「なんでパパがありがとうっていうの?」
「えー、言うでしょ、ふつー」
「いわないよぉ。パパがだまってるとママがつんつんして、ちがうおへやへいっちゃうの」
「智沙ちゃん、これはおままごとなんだから、ほんとのパパとママのまねしなくても……」
「赤ちゃんはしゃべらないの!」
 勇にぴしゃりと叱られ、僕は首をすくめて寝ころんだ。
 こいつ、智沙の前では僕が怒らないとわかってるから、態度がでかい。
「ママ、どうしたの?すねてないでこっちに来なさいよ」
「ちがうよお、パパはママよんだりしないもん。いいからほっとけっていつもいってるもん」
「そうなの?勇のパパはいっつもママのごきげんを気にしてるよぉ」
 智沙が僕の頭をボールのようにつかんで自分の平らな胸に押しつけた。
「あかちゃんはママのみかたでちゅよねえ」
 勇が僕の両足をひっぱって広げた。
「パパがおむつをかえてあげようね」
「ちょっと待て勇……」
「赤ちゃんはしゃべらないの!」
 母さん、早く帰ってきてくれ!
「にぎやかだなあ。仲良く遊んでるかい」
 部屋に入ってきたのは浴衣姿で手ぬぐいをさげた父さんだった。
 勇は僕の足を投げ出して父さんの腹に抱きついた。
「パパ、お帰りぃ!」
 智沙が持ちあげていた僕の頭からぱっと手を離し、負けじと父さんの背中にくっついた。
「あそぼ、おじちゃんもいっしょにあそぼ!」
 父さんはふたりの頭を順番になでて微笑んだ。
「ママに荷物運びを頼まれてるんだ。そろそろ出かけてくるよ」
「チサのパパは?」
「もうしばらくお湯につかっていたいそうだよ」
「ねえ、おじちゃんはどうしておばちゃんのいうこときくの?」
 智沙の真剣な質問に、父さんは苦笑した。
「お願いをされて、むげに断ることはないと思うけどね」
「ママはおねがいするんじゃないの。『これくらいしてくれたっていいでしょ』っていうの。そしたらパパがいうの。『なんでおればっかり!』って」
 父さんは腰をかがめて千紗と目の高さを揃えてから静かに言った。
「じゃあ、こうしようよ。千紗ちゃんと勇で、千紗ちゃんのパパにお願いをしておいで。みんな一緒にお出かけがしたいから、パパの大きいお車に乗せていってちょうだいってね」
「パパ、いやだっていわないかな」
「千紗ちゃんと勇が一所懸命お願いすれば大丈夫だよ」
 ふたりの女の子は元気よく大浴場に向かって走っていった。
 父さんはその姿が見えなくなってから、やれやれと手ぬぐいで頭を拭いた。
「兄貴も、もうちょっと大人になればいいのにな」
 それからようやく、大の字にのびていた僕を見た。
「聡は私と乗っていくか」
「伯父さんがイプサムを出すなら、父さんも一緒に乗ってけるじゃない。僕は留守番してるよ」
「……そうか」
 父さんは「わがまま言わずに一緒についてこい」とも「遠慮させて悪いな」とも言わなかった。物わかりのよさそうな態度にかえっていらっとした。
 僕は父さんを見上げて無言で問いかけた。
 あなたはいつもそうやって、冷静に気を配り、そつなく人当たり良く、事態をきれいにまとめて、それが役目だとでも思っているのですか?
 あなたは自分のふがいなさに腹をたてたり、思い通りにならない状況に悪態をつきたくなることはないのですか?
 声に出さない質問に答えがかえってくるはずもなかった。
「そのへんを散歩してくるから」
 それだけ言って起きあがり、父さんを残して部屋を出た。


2003/08/14 Thu.

 温泉旅行のあと常浜の伯父さんの家にやっかいになり、祖父母の墓参りもすませた。
 伯父さんと父さんが飲み歩いているあいだに、伯母さんは母さんに思いきり愚痴をこぼしてすっきりしたようだ。女の子たちはTVゲームのペット育成に熱中していたので、僕の子守もわりと楽にすんだ。
 父さんはUターンラッシュを避けて帰宅を今日に決めた。
 早朝に出発したこともあって高速道路の流れはスムーズだった。ワゴンRは軽快に走り続け、明智市がぐんぐん近づいてくるにつれて、僕の背中はバックシートにずぶずぶとめりこんでいきそうだった。おっぽりだしてきた宿題の重さが耐え難くのしかかってきていた。
 明智西ジャンクションから一般道へ降りたところで最初の信号につかまった。排ガスのにおいにうんざりしながら窓の外を見た。
 ドライヴインと一膳飯屋の並ぶあいだに一軒分のすき間があって、通りの裏の水田が見渡せた。ちょうど正面奥に何本かのクスノキがこんもりと茂っていた。
 信号が青になって車が動き出してから、その大枝にまたがる人影に気がついた。僕は運転席のシートにかじりついて叫んだ。
「停めて!ここで降ろして!」
「そんな大声、急にだしたら事故になるやないの」
 母さんの声も相当に大きかったが、父さんは焦らずあわてず、なめらかに徐行して車をコンビニの駐車場に停めた。
「先に帰ってて!」
 両親に言い捨てて車を降り、駐車場の裏手から水田のあぜ道に跳び移って駆けだした。
 さわさわと揺れるクスノキの葉陰でキアが笑っていた。
 僕が木の根方にたどり着くより先に、するすると降りてきた。
「さすが、ええ目しとうな」
 一週間たす一日前と、まったく変わらない口振り。まるで何事もなかったかのように気さくに話しかけられ、ほっとした一方で何をどう言ったものかわからなくなった。
「今日この時間に帰ってくるってどうしてわかったの?」
 間の抜けた質問に、キアはちょっとおおげさに両手をひろげた。
「一週間やて言うてたやろ。なーんとのう今時分かな、て思うただけや。マンが良かったな」
 やっぱりあの時、家にいたんだね。
「……この前はごめん。僕が……」
 キアの指がすいとのびて僕の唇をおさえた。
「お前のせいやないで。バイトも行かんとシケとったんは」
 そうしてぴっと自分の右目を指さした。

生き物を死なせるということ

 我が家へ来てから8年目、他の金魚やエビたちの栄枯盛衰を横目にふてぶてしく生き残ってきた和金と、我が家で生まれ育ったヤマトヌマエビの最後の1匹が永眠しました。
 聡の飼っている金魚のモデルだった、あいつです。

 今までオスともメスとも気にしていなかったやつが、週はじめにいきなり卵を産み散らかして、やばいと思ってる間に水質がどんどん悪化していたようです。
 残業の終った後、夜の9時から換水だの塩水浴だのどたばたと試みましたが、水質の変化が急すぎたのか、あっという間に容態が悪くなってしまいました。
 同じ水槽のヤマトヌマエビは巻き添え死。

 南無阿弥陀仏。

 外界から切り離した環境で生き物を育てるのは100%人間の責任です。今回、責務を果たしきれなかったことを反省。 滋に叱られるわ。ごめんなさい。
 今、水槽を洗って乾かして道具を片付け中です。
 しばらくは、ポンプの音のしない生活をしようと思っています。

らす・きあ蛇足話その28 冬来たりなば

 ぽかぽかと暖かい日が続いたと思ったら、いきなりの雪や雨。
 街行く人の装いも冬に逆戻り。
 梅の花がせき立てられるように散り、ほころびかけた桜のつぼみは寒そうに風に揺れています。
 気温の乱高下はまるで誰かさんの心模様のようです。
 それでもこれらの木の花々が律儀に春の訪れを知らせてくれているのですね。
 冬の落葉樹を「枯れ木」と呼ぶのは正しくない、秋から冬にかけて目立たないところで地道に周到に春の準備を続けているのですから。
 お花見の季節にだけ桜の木に気づくのは失礼だと思いつつ、やっぱり年に一度の晴れ姿に期待もしてしまいます。
 別れの季節の、せめてもの華やぎだったりもしますけど。
 物語の終盤を見据えて、想いも千々に乱れております。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第27回

 家に帰りついた時にはとっくに夕食の時間を過ぎていた。
 母さんが冷たくなったチキンカツをレンジに入れながら、いつもとかわらぬ調子で言った。
「遅うなるんやったら電話くらいしてよ」
「公衆電話がみつからなかったんだよ」
「『捜さへんかった』のまちがいやないの」
 やべ。かなり怒ってる。
「ごめんなさい」
 こういうときには素直に謝るに限る。
 母さんはちょっと機嫌をなおしたようで、カツの横にポテトサラダをたっぷりのせて僕の前においてくれた。
「そうそう。常浜、あさって出発よ。支度しといてね」
「えっ」
 口一杯にほうばったサラダを喉につめそうになった。
「今年は伯父さんが当海温泉にみんなで行こ言うて宿をとってくれはったんよ。お盆は高いから前倒しやねんて」
「そんな……急に決めないでよ」
「他に予定でもあるん?」
「……そうじゃないけど」
 毎年、父さんの盆休みには常浜市の伯父さんの家に行くのが我が家の習わしだ。しかし、出発がこんなに早くなるとは思っていなかった。僕はまだキアに何も説明していない。
 大人の勝手な都合だ。腹が立ったが、母さんにあたるわけにもいかなかった。


2003/08/07 Thu.

 眠れない一夜が明け、僕は朝食もそこそこに家を飛び出した。
 昨日は次の約束をしないままに別れてしまった。キアをつかまえるには朝刊の配達が終わるところを待ちかまえるしかない。
 販売店につく頃には気温がぐんぐん上がり、日向に立っているだけで額を汗が流れ落ちた。僕の見ている前でバイクを押した従業員や自転車に乗ったアルバイトたちが次々と帰ってきたが、そのなかに友達の姿はなかった。
 店の前をうろうろしている僕を見とがめて、店長の奥さんが表に出てきた。
「葺合は?まだ帰ってこないんですか?」
 僕が尋ねると、奥さんは不機嫌そうに自分の腰を平手でぱしりと打った。
「休んどうよ」
「病気なんですか?」
「知らんよ。近頃の子は電話もしてこうへん。なめとんのかね」
 自分が叱られたみたいにおどおどしている僕を残して、奥さんは店の奥にひっこんでしまった。
 自転車を整理していたごま塩頭の従業員さんが僕に目配せした。
「心配せいでも、奥さんはいっつもあの調子やで」
「無断欠勤したら、クビになるんですか?」
「滋が休んだんは初めてや。今まで他のやつの倍はがんばっとうよ。うちみたいに人使いの荒い店には得難い人材やて」
 僕は親切なおじさんに頭を下げて店を離れた。
 あとはもう確実なあてなどない。
 青池。クワガタをみつけた林。笹藪の横の駐車場。コガネムシを捜した小さな牧場。
 今までに二人で遊んだ場所をしらみ潰しに見てまわった。
 水田。キャベツ畑。ドライヴインのゴミ置き場から海辺まで、昼飯抜きで歩き続けた。
 日が傾くころになってもキアはみつからなかった。
 夕刊配達の時間を見計らって店に戻ってみたが、キアは出勤してこなかった。さすがに店の人も心配しだした。
「家に電話しても誰も出えへん」
 朝方、声をかけてくれた従業員さんがため息をついた。
 そこでやっと気がついた。僕は以前、あいつの住所を書類で見たことがある。どうしてすぐに思い出さなかったんだろう。
「僕、直接行ってみます」
 国道をずっと東に行った先の県営住宅だ。急いで店を出ようとしたところで足がもつれて倒れそうになった。
 ほどけたスニーカーの紐を踏みつけていた。結びなおそうとしゃがみかけて、かくんと膝が折れた。
 なんとか体勢を立て直し、重い足をひきずって歩き出した僕の傍らへ、さっきの従業員さんがスーパーカブ90を押してきた。
「これ飲み」
 ペットボトルに半分残ったウーロン茶をさしだされた。
 受け取って礼も言わずに飲み干してから、喉が渇いていたことに気がついた。
「ありがとうございます」
 従業員さんは空のボトルと交換にヘルメットを押しつけた。
「乗せったるよ」
「でも……」
「どうせ帰り道やし」
 少し躊躇したが、結局はありがたくカブの後部座席にまたがった。
 県住まではだらだらと長い登り坂だった。バイクに乗せてもらわなければ、日暮れまでに到着することはできなかっただろう。
 従業員さんは高層住宅の階段前に僕をおろし、
「ほんまは俺、あの子とはあんまり話したことないんや。後はまかせるわ」
 照れくさそうにそう言って帰っていった。
 少し軽くなった足でコンクリートの外階段を上った。
 記憶していた部屋番号は四階のつきあたりだったが、郵便受けに名前は書いていなかったし、表札もでていなかった。
 チャイムを押してみたが何の音もしない。故障しているのだろうか。ためらいがちにノックしてみても返事はない。ドアノブは施錠されている。
 玄関の前は殺風景だったが、それなりに土ぼこりを掃いたあとがついていた。室外機用のくぼみには段ボール箱に放り込まれたシュロの箒とプラスチックのちりとり。空き家には見えない。
 留守なんだろうか。ドアの隙間に耳をよせてみた。なんとなく、室内で誰かが息を殺しているような気配を感じた。
「葺合さん?」
 もう一度強めにノックしてみた。
 がちゃりとドアが開いたのは隣の家だ。
「うっさいぞ」
 初老の男の人が顔を突き出して怒鳴った。無精髭をはやした口元からぷんと甘酸っぱいにおいがした。この時間からお酒?
「すみません」
 一歩下がって頭をさげてから、図々しくきいてみた。
「こちらはお留守なんでしょうか」
「知るか。ゆうべは遅うまでがたがた音たてよって、おかげでこっちは寝不足や」
「……今は静かですね」
 男の人は鼻を鳴らして頭をひっこめ、ばたんとドアを閉めた。
 僕はフィールドノートのページを一枚破りとって手紙を書きかけた。そこでふと迷い、紙をにぎりつぶした。誰とも知れない人の手に書いたものが残るのはいやだった。
 もう一度ドアの隙間に顔を近づけて声をかけた。
「キア?そこにいる?」
 何の反応もなかったが、かまわずに続けた。
「僕、明日から旅行なんだ。帰ってくるまで一週間くらい会えないけど……」
 こら。先に言わなきゃならないことがあるだろ。
「……昨日はごめん。僕が悪かったよ。帰ってきたら、もし……」
 苦いものがこみあげてきて、声がつまった。
「……もっかい、ちゃんと顔見て謝りたいから。その時くらいは会ってくれるかい?」
 やっぱり何の返事もなかった。人がいると思ったのは僕の錯覚だったのか。それともキアはもう僕に言葉を返す気もないんだろうか。
 隣の家からわざとらしい咳払いが聞こえた。
 僕は仕方なく撤退した。コンクリに散らばった茶色い松葉を踏みながら、すごすごと階段を降りていった。
 西の空を見事に赤い夕日が沈むところだった。県住の向かい、ナス畑の真ん中に古びた空き倉庫が建っていた。窓ガラスが割れた隙間からコウモリの一群がひらひらと飛び立っていった。
 いつもならわくわくする光景のはずなのに。なんだか世界が煤けてひどくつまらないものに見えた。
 たった一日会えなかっただけなのに。
 あいつと一緒にいろんなものを見ること、一緒に何かすることが、いつの間にか当たり前になってしまっていた。
 以前の僕は、いったいどうやってこんな毎日をやりすごしていたんだろう。

掲示板を引っ越しました

別館でプロバイダお仕着せCGIの掲示板を利用していました。
機能的にもデザイン的にもいまひとつ納得がいかなかったので、試験的にレンタル掲示板を利用してみることにしました。
無料のこととて、広告がちょっとうっとうしいのですが、このまま試用し続けることになれば多少出費してでも広告を消すことも考えます。

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携帯やフレーム未対応のブラウザのかたは、こちらから直接おはいりください。

使用感や要望など、お気軽にお知らせくださいね。

らす・きあ蛇足話その27 2010年

 「墓守虫」はなんとか連載1年以内に終了させたいと考えています。(すでに最初の予想より大幅に長くなっているので)
 そのあと、「脚高蜘蛛」と「鳥杜」を全面改稿したいですね。
 読者さんから指摘された「物語としての牽引力不足」「プロットの盛り上がり不足」をなんとかしなくては、と考えています。
 「ラス・キア」はこの三部作でひとまず完結ですが、聡と滋の人生は、私の頭のなかでその後も続いています。
 いつのことになるかわかりませんが、「脚高蜘蛛」以降の話も書きたいし、二人がばらばらに苦闘していた中学2年生、3年生のエピソードもいつかは書きたい。
 巷のニュースによると、今春卒業する予定の高校生の就職内定率が2009年12月末時点で74.8%。前年同期比で7.5ポイント下落して、この時期の下落幅としては過去最大、2年連続の減少だそうです。
 滋も今年度、定時制高校の4年生です。東播クリーンサービスの経営も思わしくないようだし、まだまだ苦労が続きそうです。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第26回

 駐車場のはずれでキアに追いつかれた。
「黙って出てったらわからんやろが」
「いやなんだよ。ああいう話を聞かされるの」
 足元の小石を前も見ずに蹴飛ばした。小石はけっこう高く飛んで街路のサルスベリの木にぶつかり、濃いピンクの花びらを散らした。
 キアはあきれたように鼻の頭をかいた。
「ああいう話て、震災のことか?」
「言っただろ。小学校にはいる前は関東にいたんだから、僕は地震なんて知らない。あんなふうに体験談だの苦労話だのひけらかされるのがうざったいんだ」
「お前が知らんかて誰も悪いとか言うてへんやろ。黙って聞き流しとったらしまいやんか。何けんつくしとんや」
 返事のしようがなかった。自分でもなんでこんなにいらつくのか、わけがわからなかったのだ。
「……顔色悪いで」
 いつもなら素直に聞けるキアのことばが、今日ばかりは僕の神経を逆なでした。
「放っといてくれよ!ガキじゃないんだから、護衛づらされるだけでもいいかげんうっとうしいのに、不機嫌だとか顔色悪いとか、お前の知ったこっちゃないだろ……」
 止めようもなく自分の口をついて出たことばに、ぎょっとした。
 いったい僕は何をしてしまった?
 キアは表情を硬くしたが、怒りも言い返しもしてこなかった。
 ただ黙って僕の前に立ちつくしていた。教師にどなられても、ふてぶてしくにら
みかえすようなやつなのに。
 いっそ悪態つかれてぶん殴られたほうがましな気分だったろう。
 長い沈黙に僕のほうがいたたまれなくなって、その場から小走りに逃げ出してし
まった。
「もう夕刊配達の時間だろ」
 とってつけたように言い捨てて。
 キアは追いかけてこなかった。

 旧住宅街のまがりくねった細い道をあてもなく歩いていくうちに、アップテンポの明るい音楽が聞こえてきた。いつのまにか校区の西端に新しく整備された幹線道路まで来てしまったのだ。
 音楽は道路と同じ時期にオープンした大型スーパーから流れていた。
 僕はカラータイルをあしらった歩道の縁にスニーカーの裏をこすりつけて泥土を
落とした。
 だだっぴろい駐車場に結構な数の自動車がひしめいていて、大きな荷物をかかえ
たカップルやベビーカーを押す女の人、元気のあり余った子供たちがにぎやかに行
き来していた。
 そんな中、ちょっと古めのワゴン車の前に、所在なげにたたずむ中学生がいた。
「長居!」
 思わず大声で呼んでしまった。
 長居はびくっと振り向いて、僕だとわかると安心したように相好を崩した。
「烏丸かあ。おひさ」
「珍しいな」
 こんな人混みのなかに出てくるなんて。
「夏休みだから。母さんの買い物についてきたんだ」
 学校に行っていなくても夏休みは楽しいのかな。そのへんの気持ちはよくわからなかったけど、長居が元気そうなのはうれしかった。
「店には入らないのか?」
「……誰に会うかわかんないし。狭いとこは……」
 逃げ道がないものな。
「VFの新機種がはいったって聞いたから、やってみたかったんだけどさ」
「ここのゲーセンか……」
 僕は長居の肩をぽんと叩いてあごをしゃくった。
「一緒に行こう。ここまできて遊んで帰らない手はないだろ」
「でも……」
 長居は心細げに身をすくめた。この店のゲームセンターには西中生もしょっちゅう出入りしている。
「いちいち気にするなよ。何も悪いことしてないんだから」
 ためらう友達を半ば強引に店舗ビルへひっぱっていった。
 自動ドアが開くとひんやりと乾いた空気が身体を包み、いっぺんに汗がひいた。三階のゲームセンター目指してエスカレーターを駆け上がった。
 さすがに夏休みらしく、フロアは小学生とその母親らしき人たちで混雑していた。甲高い電子音と子供たちの歓声が、店内にきんきんと反響した。
 普段の僕は買い物の待ち時間や妹につきあって遊ぶ程度で、とりたてて好きな場所ではなかったが、今は多少強い刺激で憂さを晴らしたい気分だった。
 しばらく順番を待って、長居がプレイしたがっていた格闘ゲーム機につき、対戦を始めた。
 まずは僕が先制ポイントをとった。相手が周囲を気にして落ち着かなかったせいだが、これが長居の負けん気を刺激したみたいだ。
 本気で集中されると、形勢はすぐに逆転した。
「さすが。年季が違うな」
 長居の表情がほぐれた。
「烏丸に会えてよかった。ほんとは地震のあと、ひとりで留守番してるのが怖かったんだ」
 そう言ってしまってから、顔を赤らめた。
「おかしいだろ。でも、ぐらっと来ると、やっぱ今でもびくついちまうんだよ。お前にはわからないだろうけどさ」
 僕は黙って新規の対戦を開始した。
 長居があわてて参入した。
 画面と手先に神経を集中しようとしても、頭のなかには別の思いがうずまいていた。
 こんな気分になるのは今日が初めてではなかった。
 小学校の六年間、防災訓練だの震災記念日だのの行事のたびに、僕はひとり取り残されていた。
 同級生たちがおぼろげな体験談や親から聞いた話を交換しあっているあいだ。
「烏丸くんは知らないのよね」
 そう先生に言われるたびに黙って下を向いていた。誰も僕にそれ以上のことは聞いてくれなかった。
 ……聞いてくれなかった?何を話すというんだ?
 あっと思ったときには遅かった。ゲームオーバー。僕のキャラは長居の見事なコンボに叩きのめされていた。
 機械を次の人にゆずり、自販機の炭酸飲料で一服した。
「他のゲームもするかい」
「もう帰らないと。母さんも戻ってる頃だし」
「じゃあ、そろそろ……」
 何気なく出入り口を見やってどきっとした。 
 数組の親子連れが楽しげにおしゃべりしながら帰っていく。その向こうにキアがいた。
 泥だらけのタモ網を小脇に挟み、壁にもたれて石のようにじっとしていた。
 僕は目をそらして炭酸を飲み干し、アルミ缶をくずかごに放り投げた。
「悪い。もうちょっとここにいるよ」
 長居はちょっと困った顔をしたが、もそもそとあたりを見まわして中高生がいないらしいのを確かめると、そそくさと店を出て行った。
 途中キアの目の前を通り過ぎたが、西中生だとは気づかなかったようだ。彼が転校してきてから1日も登校していないのだから無理もないが。
 僕は店の隅の古びたゲーム機の前に移動してプレイを始めた。単純な「落ちもの」なので、注意集中を怠らなければいつまでも続けていられた。
 しばらくしてそっと出入り口をうかがった。キアはまだそこに立っていたが、こちらを見ようとはしなかった。
 店内放送で「蛍の光」が流れ始めた。
 僕は出入り口とは真逆の隅へ向かった。大型ゲーム機の並びに狭い隙間をみつけ、店員の目を盗んでするりともぐりこんだ。抜け出た反対側は家電売場だった。
 目と鼻のさきに非常階段があった。降りる前にもう一度後ろを振り向いて……背筋に冷や汗が流れた。
 家電売場のはずれに高井田と門真がいた。
 なにごとかぐちぐちと話しながら監視している視線の先は、ゲームセンターの出入り口のはずだ。あいつら、いつからここにいた?
 階段を駆け下りて駐車場に飛び出した。もわっとした熱気のなか、汗をぬぐいながら走った。
 長居の家のワゴン車はどこにも見あたらなかった。
 もういちど店内にもどろうとして警備員に押し戻された。
「もう閉店ですよ」
 結局キアや高井田たちの消息を確かめることはできなかった。

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