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2010年6月の記事

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第43回

 長居はしばらく店の中に目をこらしていたが、やがてちょっとがっかりした顔でその場を離れた。
 国道を駅から遠ざかる向きにてくてくと歩き、さらに二軒のパチンコ店をのぞいた。
 生徒だけで校区外をうろつくのは校則違反だったけど、二人ともそんなことは口に出さなかった。
 四軒目でようやく目当てのものをみつけたようだ。長居は店頭の宣伝のぼりに半分隠れるように立ちながら、僕にささやいた。
「左端の筋の、一番奥から三つ目」
 示された席では、ポロシャツの袖をまくった細身の男の人が台にかじりつくように座っていた。
 無精ひげの生えた青黒い顔。玉の動きを凝視する目が憑かれたようにぎらぎらと光っている。
 狙っていた的をはずしたのだろうか。いきなり台のガラス面を叩いて罵声をあげた。
「宇多野先生……」
 教室では見せたことのない殺気だった姿に愕然とした。
 いや、一度だけ、ピアスのことで大宮を問いつめたときには片鱗を見せていたということか。
 残り少ない玉の一個が手元から転がり落ちた。先生はあわてて両膝をつき、玉を追いかけて這いまわった。
 すぐ隣の席からスーツ姿の若い男がすっと立ちあがった。深紅のメッシュもこの店内では違和感がない。むしろ、ここが自分の住む世界なのだと主張しているようにさえ見えた。
 江坂は自分の台の下に置かれた満杯の玉ケースを革靴のつま先で宇多野先生の足元に押しやった。スーツのポケットからオイルライターをとりだし、慣れた手つきでタバコに火をつけた。
 一服くゆらしてふいにこっちを向いた。
 あわてて身を隠そうとした僕らのことなど、とうに気がついていたんじゃないか。へらっと笑って隅の売店に向かい、売り子の女の人と馴れなれしく話しはじめた。
 宇多野先生はあてがわれた玉を自分の台に流し込むのに忙しく、僕らに気づかないどころか、江坂の動きさえ気にとめていないようだった。
 僕らは店を離れ、国道を引き返した。
「……先生のこと、どうやって知ったんだ?」
「最初は偶然。ひとりで買い物に出るようになって、夕方に西明智の駅前まで来てた」
 西中の生徒と顔をあわせたくなくて遠出してたのか。
「そんときは駅のすぐそばのパチンコ屋で店員ともめてた。トラブるたびに転々とお店をわたってるみたいだ。もうずいぶん東まで来ちゃったね」
 先生も、西中の生徒には会いたくなかったわけだ。
「なぜ僕にこのことを教えようと思った?」
「知りたかったんだろ」
「だからなぜ僕が調べてることを……」
「……千林から、いろいろ聞いたよ」
 長居はちらっと僕の顔を見た。僕はわざと視線をそらした。
「あいつが何をやったか知ってるのか?」
「全部は教えてくれなかったけど、見当はつくよ。保育園から一緒だったし。何でも人のせいにするヘタレなのはわかってる。でも……」
「長居のつきあいに口出す気はないけどさ」
「あいつ、もう僕のとこにも遊びに来れないんだ。烏丸ががんばったぶん、成績順位が下がっただろ。親がマジギレでさ。時々電話はくれるけど、全然元気ないんだ。SFマンガのコレクションも全部捨てられたって言ってた」
「……身から出た錆だ」 
「あいつと仲直りしてくれない?」
 想定外のことばに足を止めてしまった。長居は申し訳なさそうにうなだれた。
「烏丸にくっついていたかっただけなんだ。他にかまってくれるやつなんていなかったしさ。方法はまずかったんだろうけど」
「まずいなんてもんじゃなかった」
 無実の友達を責めているみたいで気分が悪かった。それでも長居はひきさがらなかった。
「許してやってよ」
「……もう、無理だよ」
 和解したい気持ちがなかったわけじゃない。残された可能性を踏みにじったのはあいつのほうだ。
 長居は大きなため息をついた。
「千林には宇多野先生にかかわるなって忠告しといたよ。烏丸も気をつけてくれよ」


2003/09/30 Tue.

「養護の先生が退職しました」
「はあ?」
「表向き病気療養とか言って、実際はクビです。そりゃあ、管理がルーズだった先生の落ち度もあるけど、ほんとに悪いのは書類を持ち出したやつで……」
「ちょっと待ちぃな、聡君。話が見えんぞ」
「すみません、のぼせちゃって。刑事さんは知らなかったですね。ちょっと前、一部の保護者から学校に問い合わせがあったんです。生徒の個人情報が……学校以外には知らせたことのない健康状態や家族の病気なんかのことが、よくわからないものを売ってる会社や怪しげな宗教法人に流れているって」
「その流出元が保健室の教師やてか」
「壬生先生は自分からそんなことする人じゃない。他の誰かが保健室に入り込んで健康調査票か何かを持ち出したんですよ。売り込み先に心当たりのあるやつが」
「それが、宇多野か江坂やて言いたいんか」
「江坂にそそのかされて宇多野先生が動いたんでしょう。かたや厄介払い、かたや小遣い稼ぎだ」
「証拠もないのに、えらい決めつけやな」
「だからなんとかして証拠をみつけて欲しいんです。学校のなかで犯罪行為が横行してるんですよ。ほっといていいんですか」
「そないにかっかすんな。そもそも情報の流出があったことも、保健の先コに責任があるゆうんも公式発表やないんやろ。被害の届けも現認もない事件の捜査ができるか」
「校長はスキャンダルを隠すのに必死です。壬生先生に責任をとらせたことだって、クレームをつけた保護者だけ呼んで内々に話をつけようとしてるんだから。宇多野先生の行動なんて絶対に認めないんだから」
「せやかて、俺にどないせえっちゅうねん」
「学校に手が出せないんなら、さっさと江坂をつかまえてくださいよ」
「わかっとる。物事には段取りがあるんや。今、微妙なとこやねんから、邪魔せんといてくれ」
「そっちから協力しろって言っといて今さら邪魔だとか……」
 がちゃりと通話が切られた。
 僕は受話器をフックにたたきつけ、足元の通学鞄をつかんで公衆電話ボックスの扉を押し開けた。
 とたんに強い風にあおられて目が開けられなくなった。まばたきをくりかえして顔をあげると、数メートル離れた民家の塀に、誰かがさっと身を隠すのが見えた。
 もう追いかけても間に合わない。あれは男子生徒の制服だ。校門を出たときからつけられていたのか。
 たぶん千林だ。あいつは長居から僕のことをどんなふうに聞かされているんだろう。
 唇にはりついた砂粒を手でぬぐった。今のあいつは僕の足をひっぱることしか頭にない。次の中間テストで僕が手加減したところで、成績を取り戻すのはきっと難しい。
 また強い風が吹いて庭木の枝をがさがさと揺らし、まだ緑色の葉をちぎり飛ばした。
 台風が接近しているのだ。雨は降り出していなくても、空気は湿り気を含んでどんよりと重かった。
 額に手をかざして歩きだそうとしたとき、ふわりと足元が持ち上がってすとんと落ちた。一呼吸おいてゆらりと風景が傾いた。
 風のせいじゃない。地震だ。
 ブロック塀から離れて道路の反対側の生け垣に身を寄せた。しばらく息を詰めて待ちかまえたが、それ以上の揺れはこなかった。 


2003/10/01 Wed.

 久しぶりに「あの夢」を見た。
 小学校にあがった頃から数年の間に繰り返しみた夢。
 空にわきあがる黒い雲。
 雨は降っていないはずなのに、ばらばらと聞こえ続ける低くて不思議な音。
 足元には一面に撒き散らされた小さな星がきらきらと輝く。
 その間を細長い蛇がくねくねとのたうっている。
 立ち並んだ枯れ木がてんでばらばらな方向に傾いているので、自分の身体がまっすぐなのかどうかわからない。

ヤマモモの季節

 雨の降るなかを傘をさして歩くのがわりと苦にならないたちです。
 6月というとアジサイが主役ですが、庭木の桃や梅の実も丸っこくてかわいいし、沿道のクチナシも咲いています。 
 道端ではドクダミの花もみつけました。花びらのように見える白いところは実はガクで、真ん中のにおうところが花なんだそうです。
 そしてヤマモモはこの季節にだけ実をつけます。
 私のよく知っているスポットでは年によって実の数にかなり差があります。
 今年はどうかな、と思って見に行ってみたら、豊作だったのはいいのだけれど、大雨で熟した実から落下してしまっていました。もったいない。
 種が大きくて甘みが控えめ。摘みたての生をその場で口に放り込むのが最高ですが、機会があれば果実酒にも挑戦してみたいですね。おなかの薬になるそうです。

らす・きあ蛇足話その45 青い紅玉

 シャーロキアンを名乗れるほどコナン・ドイル作品を読み込んでいるわけではありません。
 小学生の頃は、どちらかといえばアルセーヌ・ルパンの華麗さのほうに魅かれていました。
 それでも印象的な短編はいくつか記憶に残っていて、そのなかの一編にトリさんと宝石のからむ話があったわけです。
 振り返ってみれば、ホームズには動物を使ったトリックや、謎解きに動物が一役買う話がたくさんあるのですね。
 ドイル自身、医者だったわけで、理系男子の面目躍如といったところ。
 そろそろじっくり読み返してみるのもいいかもしれません。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第42回

 堂島さんの話はもっともだった。僕個人は宇多野先生を黒と確信したが、第三者に自分の潔白を証明するすべはない。
「だいたい、教師の不始末なんざ俺の仕事やない」
「うちの学校の中でおこっていることは、お互いに無関係じゃすまないと思うんです」
「そんなら、そこをちゃんとつなぐ話を持ってきてんか。こっちも忙しいんや」
 電話はそこで切られてしまった。これだから大人は。子供を利用することは思いついても、まともに話し合う相手だとは思っていない。

 僕は気を取り直して江坂に言った。
「ともかく、もとの持ち主に返そうと思って来ました。受け取ってください」
「勘違いすなよ。俺のもんやない」
「でも、本山さんが捜してたのは……」
「俺が買うたもんやない。俺ん家に来たときにあいつが持ち出したんかしらんけどな」
「以前聞いた話と違いますよ」
「さて、なんか言うたかなあ。お前の聞き間違いと違うか?」
 江坂はわざとらしく耳の穴を小指でほじってへらっと笑った。
「教室でなくなったモンやったら、担任に渡すのがスジやろなあ」
「宇多野先生に……」
「当たり前やろ。そのまんまババこいたら、お前が犯罪者や」
「先生にどう説明しろと」
「んなもん俺の知ったことか」
 がたがたとドアを開けて女子生徒がひとりはいってきた。本山ではない。名前も知らない隣のクラスの子だ。僕を見下すようににらんで、江坂の隣にすわった。
 江坂は手を伸ばして盤上の将棋の駒をぱちぱちとさし始めた。頭の中で手順を組み立てていたのだろう。流れるように自然な動きで王将を追いつめていった。
「どや。一局指してくか?」 
 女の子をじらすためだけの科白だ。
「もう授業が始まりますから」
 握りしめたピアスをポケットにころがして、僕は部屋を後にした。

 放課後、ピアスの拾得を玉出先生に届け出た。小鳥が死んでいたのは校舎外なのだから、担任にこだわることはないだろうと理屈をつけた。
 先生は露骨に疑わしげな顔をして、根ほり葉ほり事情を聞いてきた。僕はともかく客観的な事実だけは聞かれるままに答えた。宇多野先生への疑惑や江坂とのやりとりまで話すつもりはなかった。死骸の内臓をわざわざ持ち帰って切り開いた理由について「生物学的興味関心」と説明されて先生が納得したかどうかはわからない。
「持ち主に心当たりはないんか?」
 そう聞かれたときも、肩をすくめて
「鳥が校内だけ飛びまわってたとは言い切れませんしね」
とだけ答えた。
 黙っていることはあっても、ぎりぎり嘘はついていないつもりだった。


2003/09/26 Fri.

 下校する生徒達の流れに逆行して、何人かの大人達が正門をくぐり、本館の出入口にすいこまれていった。
 僕が知っている顔もあった。同じ小学校だった生徒の両親だ。呼び出しをくらうような悪さをするやつじゃないのに。何かもめごとがあったんだろうか。
 気にはなったけれど、今日はもう次の予定をたてていた。
 金岡の家に行くことにしたのだ。前もってかけた電話は留守番サービスになっていたので、伝言だけ残しておいた。
 楠さんの住んでいたゴルフ場の少し東側、田んぼと畑に囲まれた昔からの集落のはずれ。生け垣に囲われた広い前庭の奥に木造の古い家が建っていた。
 庭木はここ数年剪定されていないようで、虫喰いだらけの葉をつけた枝が地面まで垂れ下がっていた。
 人のいそうな気配はするのに、玄関チャイムをならしても誰も出てこない。すぐに立ち去るのもいやで、ぐずぐずと様子をうかがっていると、誰かが僕の横をすりぬけて家へはいろうとした。
 農作業用のつばの広い帽子をかぶった女の人だ。
「あの、金岡くんのお母さんですか?」
 声をかけると女の人はびくっと振り向きかけて、すぐにあわてたように足早に歩き去った。僕のほうもちょっとびっくりして立ちすくんだ。帽子から垂らした日よけ布に隠れてちらっとしか見えなかったのだが、片目の周りと頬骨のあたりに黒ずんだ痣があったのだ。
 女の人と入れ違いに、ずっと年輩の男の人が家から飛び出してきた。
 僕が挨拶しようとするのをさえぎって一気にまくしたてた。
「今日は忙しいよって、客の相手なんぞしとれん。去んでや」
 在宅なら、さっさと応対してくれりゃいいのに。女の人が通らなければ居留守を決め込んでいたんだろう。
 あきらめて来た道を引き返した。十字路に建つ郵便局の前でばったりと思いがけない顔に出会った。
「長居!」
「烏丸かあ」
 ひさしぶりに会った長居は少し背が伸びて、肩幅が広くなったようだ。
「金岡に会いに来たのかい」
 単刀直入に聞かれて、僕は苦笑いした。
「よくわかったな」
「僕もそうだから」
「へえ。あいつ、お前とは会えるのか」
 長居は残念そうに首を横に振った。
「一学期の僕よりガードかたいよ。お母さんさえ会ってくれない」
「さっきの女の人かなあ。顔にけがしてたみたいだけど」
「金岡にたたかれてんだよ」
 目を見開いた僕の前で、長居は郵便局の植込みからツバキの葉を一枚むしりとった。
「家の人は秘密にしてるつもりでも、古い集落じゃすぐ噂になっちゃうんだ。夏休みにここの郵便局にお使いにきたときに、おばちゃん達がぺちゃくちゃしゃべってて、いやでも聞こえちゃった。一学期からけっこうやってたみたいだね」 
「そんな……どうして……」
 長居は固い葉をくるくると巻いて指の腹で押しつぶした。
「なんとなくだけど、わかる気もするんだ。それで話をしてみたくなった……難しいよね、あっちが会いたいと思ってくれなきゃ」
「……いつ頃から来てたの?」
「始業式の日。母さんが学校に通知票持って行って、あいつが休んでるって聞いてきてから」
 長居はまるめた葉の片端を口に含んで吹いた。草笛、のようなものはすうすうと息の音を通しただけだった。
「今日はもうやめとくよ。烏丸が行ってくれたんなら」
 生ぬるいはずの午後の風がひやりと感じるほど、両頬がほてっていた。僕は金岡が休んでいることを知りながら、今まで何も考えず、何もせずにいた。
「ごめんな。本気で心配してくれてるのに、邪魔しちゃったな」
 長居は葉を捨ててちょっと笑った。
「烏丸だって、じゅうぶんおせっかいな性格だろ」
「僕のは打算だ。自分勝手な都合だよ」
 宇多野先生のことを金岡から聞きだそうと思いついただけなんだ。
「自分勝手?ほかの誰かのためじゃなくて?」
 今日の長居には驚かされてばかりいる。返事をできずにもじもじしている僕をしばらく黙って見ていたが、やがて何かを決心したようだ。
「明日、会えるかな。話したいことがあるんだけど」
「いいよ。じゃあ昼前にそっちに行くから……」
「僕んちじゃなくて、外にしよう。そうだな。西明智駅の東の国道ぞいに、古本屋ができただろ」
「ああ、大きなチェーン店だね」
「あそこのワゴンコーナーでいいかな」
「わかった」


2003/09/27 Sat.

 古書店には約束の十分前に着いた。
 長居は五分遅れて現れた。このあたりの呼吸は小学生の頃と変わっていない。
 目配せされて一緒に店を出た。広い駐車場の前には国道がのび、トラックや乗用車がびゅんびゅんと行きかっていた。
 長居はまっすぐに古書店の隣のパチンコ店に向かった。ファミレスと見間違えそうな妙に明るい配色の店舗から、じゃかじゃかと騒々しい音楽が聞こえてくる。壁面は総ガラス張りで、目隠し模様のストライプの隙間から、中でゲームにいそしむ人たちが見えていた。

らす・きあ蛇足話その44 親父の日

 「脚高蜘蛛」から読んでくださっている方はもうご承知と思いますが、このシリーズには父親(と、父的役割の男性)がたくさん登場します。
 しかも、我が子との仲がしっくりいっていないお父さんが大多数というシビアな状況です。
 母親なら子供の気持ちがよくわからなくても、ともかく愛情の押し売りで乗り切っちゃうようなところがあるけど、父親ってまず、そこそこの理解なり歩み寄りの意識がなければどうしようもない気がするのですね。
 年に一度の父の日にすら、あまり感謝されていない親父さんたち、がんばってください。

らす・きあ蛇足話その43 慢性閉塞性

 昭和レトロなスジモンさん・多聞おじさんは長年のヘビースモーキングがたたって慢性の呼吸器疾患にかかっておられます。破壊された肺胞は今の医学では修復不能で、呼吸困難、食欲不振からじわじわと体力生命力が低下していく怖い病気です。
 小説の登場人物が苦しむ病気といえば、その昔は肺結核、ちょっと前からは悪性腫瘍が定番でしょうか。
 どちらも未だに患者さんが多く、見過ごせない病気であることは確かですが、「不治の病」という絶望的イメージには少し変化があるようにも思います。
 作者としては今回は「不運」というより「不摂生」の末路としてのイメージが欲しくて描写を選びました。
 もっとも、タバコでも吸ってないことには耐えられない職場環境に問題があるとすれば、これも労働災害なのかも知れませんが。

路上観察

 ムシさんもトリさんも見あたらない駅ナカや街頭では、男の人の仕事着を観察したりもしています。
 スーツやジーンズではなくて、いわゆる「作業着」が好きです。
 ガードマンさんや駅員さんの制服はちょっといかつい感じ。それよりも両胸に大きなポケットのついたベージュやカーキの開襟上着に同色のスラックスがいいです。足元は安全靴とかウォーキングシューズ。長靴も可。ぱりっとクリーニング仕立てより、ちゃんと洗濯してますけど油染みが落ちなくて、くらいのほうがお仕事しっかりされている雰囲気ですよね。
 背筋のしゃんと伸びた現場主任風のおじさま、颯爽と自転車をこぐ元気いっぱいの兄ちゃん、雨の季節に外の仕事は大変でしょうけど、がんばってくださいね。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第41回

「ええんや。とっかかりさえもらえれば。感謝するで」
 堂島さんはズボンの尻ポケットから角の折れた名刺を取り出して僕に押しつけた。
「直通番号を書いといた。そっちは名乗らんでええから、また連絡くれや」
 そうして来たときと同じくらい唐突に席を立ち、どすどすと前の車両に歩いていった。
 僕は次の駅で下車したが、足元が雲でも踏んでいるように頼りなくて、もう少しで階段を踏み外すところだった。
 いったいこれで良かったんだろうか。多聞さんが警察に呼ばれたりしたらどうなるのか。キアがこのことを知ったら……。
 自分の言ったことには責任を持てと何度も教えられてきたけれど、責任の取り方のお手本なんて見せてもらった覚えはない。謝るだけで済まない事態になってしまったら、いったい僕はどうすればいいのだろうか。


2003/09/22 Mon.

 総合的学習の時間、グラウンドの石ころ拾いをする生徒たちのかたわらで、各組のリレー選抜チームがバトンタッチの練習をしていた。
 僕から数メートル離れたあたりに同じクラスの女子がふたり、並んでしゃがんでいた。のんびりしたおしゃべりの声が聞こえた。
「うちの組の男子、一番遅いんやないの」
「しゃあないわ。陸上部がおれへんねんから」
「クラブに入ってなくても足の速そうな人もいてるやん。葺合くんとか」
「授業態度の悪いやつはあてにできひん」
 間髪入れずにひとりの男子が言い返した。目の前で練習している選手の友達だ。
「そうなん?授業休んだことはない思うけど」
「掃除や草むしりなんか、大概の男子よりあてになるよ」
 女の子たちの忍び笑いに、男子がむきになって反論した。
「女子の人気取りしとうだけや。あいつが陰で何やっとうか知らんやろ」
 僕はため息をついて場所を移動した。

 体育大会の練習は小学校とはずいぶん違っていた。
 組体操は練習時にメンバーがそろわない、騎馬戦はけが人が出る恐れがある。あれこれ理由をつけられて、残った種目はほとんど陸上競技ばかり。目玉のクラス対抗リレーは教師たちが運動部員から勝手に選手を選んでしまった。
 大会を見に来る保護者への配慮もあるのだろうけど。

 本館の隅の部屋のカーテンが開いて、住之江がひょこりと顔をのぞかせた。騒動のあった日からさらに肥ったようだ。青白い顔がうらめしそうにこっちを見ていた。僕が目を向けると母親の手がすっとでてきてカーテンを閉めた。

 結局、週末は一度もキアに会わなかった。
 学校で顔をあわせてからも互いになんとなく気をつかってしまい、一緒にいる時間が今までより少なくなった。
 僕は堂島さんのことを打ち明けられずにいたし、キアは先週のケンカ以来、僕を巻き込むのを避けようとしているみたいだった。
 青池の隣の林は伐採され、学校からの抜け道も資材置き場にふさがれてしまった。キアはあいかわらず昼休みになると教室から姿を消したが、どこで何を食べているのかは教えてもらえなかった。

 放課後、煮え切らない気分をもてあましながらひとり帰り支度をしている僕のところへ、大宮が遠慮がちに近寄ってきた。
「烏丸君。急いでへんのやったら、ちょっとお願いしてもいい?」
 最近ふさぎがちな大宮のことは気になっていたけれど、御影をはじめとする女子たちが側にいてくれたので、敢えて声をかけることもしなかった。そんな僕なのに、まだ話しかけてくれるのか。
「僕で役に立てるのかい?」
「ムシのことやから……」
 大宮は僕をプール棟の裏の畑に連れだした。
 園芸部の人数が多かった頃にはここでサツマイモやカボチャを育てていたと聞いたことがある。今は畝の筋もわからないくらい、ぼうぼうと草が茂っている。
 大宮はプール棟の外壁とのあいだにわずかに露出した地面を指さした。消しゴムくらいの大きさの黒っぽい甲虫が数匹、わらわらと何かにたかっていた。
 オオヒラタシデムシ。五月に見かけたモンシデムシよりもずっと数が多く、市街地でもざらに見かける掃除屋だ。
 僕は足元の細い枯れ枝を拾って、ムシたちをそっと追い払った。姿を現したのは、ぼろぼろの羽毛をまとった薄い肉と細い骨のかたまり。小鳥の死骸だった。あたりに散らばった羽根は、クラスで飼っていた文鳥と同じ灰色をしていた。
 大宮は僕の頭の上あたりに視線を漂わせながら、両手をかたく組み合わせた。
「ごめんね。こんなときにだけお願いして。私、よう触らへんかったから」
「どこかに埋めてやりたいのかい?浅いところだと、またムシにほじくり返されると思うけど……」
 宇多野先生が探しまわっていた小鳥。人間の都合でカゴに閉じこめられ、人間のいさかいに巻き込まれて失われた小さな命。
 どくん、と胸が鳴った。急に思いついたことがあって、僕は素手で死骸をつかみあげた。
「ちょっ……烏丸君、何を……」
 大宮の狼狽など耳にはいらなかった。シデムシが喰いちぎった箇所から小鳥の腹に親指をつっこんでぶちぶちと引き裂いた。茶色く濁った汁が噴き出し、僕の手首をつたってぼとぼとと垂れ落ちた。
「いやあぁっ」
 大宮は両手で顔をおおったまま走っていってしまった。申し訳ないとは思ったが後を追うわけにもいかず、僕はそのまま作業を続行した。 腐りかけた消化管をたぐって小指の爪ほどの大きさの硬い肉塊をさぐりあてた。さすがに素手で切り裂くことはできなかったので、必要な部分だけちぎりとってティッシュに包んだ。
 そのあと畑の隅になるべく深い穴を掘り、残骸をまとめて埋めた。目印に丸い石を載せて一応手をあわせたが、気持ちはもうポケットの中の物体を急いで検分したくてたまらなくなっていた。


2003/09/24 Wed.

 手下どもにわずらわされずに江坂に会いたかった。予鈴が鳴る前に将棋部の部室に行ってみたのは、とりあえずの手がかりが欲しかったからだ。
 部屋でひとり、机にのせた将棋盤に向きあっているのが当の本人だとわかって、ちょっと意外だった。
 古い建物なのでドアを開けたときにも部屋をよこぎったときにも、がたがたギシギシとひどい音がしたが、江坂は何も聞こえないみたいに下をむいたままだった。
「江坂……さん」
「取り込み中や」
「失くし物を返しに来たんです」
 江坂は面倒くさそうに目だけで上を向いた。僕の手のなかで輝くピアスを見ても何の感慨もうかべず、また盤に視線を落とした。
「まだ捜しとったんか」
「たまたま見つけたんです。クラスで飼っていた文鳥の筋胃から」
「ズリか。昔、そんな推理小説があったな。ルパンやったか」
「ホームズです。宇多野先生がピアスを餌箱に放り込んだときに、片方だけ喰っちまったんでしょう。これで宇多野先生が逃げた小鳥を捜しまわっていたわけがわかりました」
「それで?」
「ピアスを盗んだのは宇多野先生です」
「あのなあ……」
 江坂は苛立ちもあらわに僕を見据えた。
「宇多野とお前と、二人とも疑いが増えただけやんか」
「僕でないことは僕が知っています」
「あほか」
 
 文鳥の腹から盗品を見つけたからといって、犯人が決まるわけではない。そのことは昨夜、連絡を取った堂島さんからも指摘されていた。
「その女子はお前が小鳥の腹をさばいたところで逃げ出してもたんやろ。他に証人はおらんのか?」
 生徒たちの行状に直接からむ話ではないと知って、刑事さんはあきらかに気乗りしない声だった。
「家で筋胃を解剖するとき、御影を呼んだけど、断られました」
 それどころか「女の子の気持ちなんかちっとも考えてない鈍感男」と、ののしられてしまったのだが。
「まあ、二個とも鳥かごに放り込まれとったてわかったところで、それが担任のしたことやとまでは言えんな」

モブログのテストです

PHSからの直接投稿を試してみました。
これでうまく行けば、火曜日に出張中でも連載が更新できますね。

らす・きあ蛇足話その42 対象年齢

「ラス・キア」シリーズは自己申告でPG12。
さほど過激な暴力や性行為の描写はないということで、いちおう全年齢対象としています。
実際のところは何歳ぐらいの方に読んでいただいているのでしょうね。
図々しいことを言えば、
小学生さんには未知の世界への期待と不安をもって
中学生さんには同世代の共感をもって
高校大学生さんには後輩への応援をもって
社会人さんには過ぎし日への郷愁をもって
親御さんには子供達への慈愛をもって
読んでいただけたりするとものすごくうれしいのですが。
少しでも理想に近づくためには、もっと漢字を減らすとか表現を平易にするとかしながら内容を濃くすることが必要ですねえ。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第40回

 住之江が未だに別室登校を続けていることで、教師たちが教頭への反感をつのらせている。余計な仕事が増えたという不満が生徒にも聞こえてくるし、宇多野先生の無策はさらに露骨に非難されている。
 茨木や淡路は売布にねじこまれて校外では身動きとれないらしい。腹いせに気の弱い教師にねらいをつけてはこづきまわしている。
 玉出先生がなんとか現場をおさえようと走りまわっているが、壬生先生は仕事を休みがちだし、他に応援しようという教師もいない。
 千林はしつこく僕を見張っている。ちょっとしたことでもねじった解釈をしては、僕とキアの悪口に仕立てて言いふらしている。安土先生は千林に聞いた話をそのまま職員室で垂れ流す。常盤情報では僕とキアが江坂の対抗勢力を組織してるなんてばかばかしい話まであったそうだ。
 高井田はどこにも行くあてがなくなり、仕方なく教室にいる。門真も元気がないので、クラスには番格をきどるやつがいなくなった。それだけのことなのに、キアが二人をしめあげてのし上がったのだと本気で信じている馬鹿もいる。

「あんがい、女子平セー」
 授業中、課題の討論をするふりをしながら、常盤が計算用紙に走り書きした。
「他のクラスより対立ブンレツ少。M子、はみられ」
 大宮がいじめられてないならいい。僕は調査代がわりの宿題ノートを差し出した。
「UT、にがしたコトリをさがし中」
 え?あの文鳥か。なんでまた今頃になって。
「外の部カツやエンゲー部のやつにキショがられ」
 僕の目的はキアの汚名を返上することだ。そのために宇多野先生の尻尾をつかまえたいのだが。ちっともかわいがっていなかった小鳥なんかどうして気にするんだろう。

 教室でのやりとりを頭の中で片づけ、ノートに書き足していった。
 校長は学校の内部事情が外に漏れるのを警戒している。児童相談所だか教育委員会だかの人たちはあれっきり姿を見せない。そういえば、あのごつい刑事さんも……。
 背後から列車の通路をどすどすと歩いてくる音がした、と思ったら隣の席にかさだかい男の人がどかっと座った。ぷんと、すえた汗のにおいがした。
「出たぁ……」
「何やて?」
「何でもないです」
 僕はあわててノートを閉じ、デイバッグをかかえて立ち上がった。
「まあ、待ちいな」
 堂島さんは前席の背もたれに膝をつけて僕の行く手をふさいだ。
「奇遇やないか。せっかくやから降りるまでつきおうてぇや」
 白々しい。僕がひとりになるのを見計らっていたとしか思えない。
「つけてたんですか?」
 堂島さんは中学生になじられても平然と話し続けた。
「きみとつるんどった、こ憎たらしいチビコな。逢坂から越して来たんやろ。あいつが母親んとこにおれんようなったホンマの理由、知りとないか?」
 はめられた。わかっていたが、聞き捨てることはできなかった。
 僕は席に座り直して強面の男の人をにらんだ。
「刑事さんがどうしてそんなことを知ってるんですか」
 堂島さんは品定めするように僕をじろじろ見て、にやりと笑った。
「ちょっと見ん間に面構えが変わったな。多少は根性すわってきたか」
「前置きは結構です。話を続けてください」
「そう、せくな。こっちの用件が先や」
 駅に列車が停まり、数人の乗客が乗り降りした。走行音が再び大きくなるのを待って、堂島さんは話し始めた。
「きみんとこの校区を中心に自転車窃盗、バイク窃盗が頻発してるっちゅう話は聞いとるな」
「ずっとそんな細かいことを捜査されてるんですか」
「口のききかたには気ぃつけや。世の中俺みたいに温厚な人間ばかりやないで」
「そうですか。明日から気をつけます」
「まあええわ。明智署でも温厚な盗難担当の連中は、たかがガキのチャリパクやとしか思てへんし、学校や親連中にも本気でやめさす気なんかあらへん思ぅとる。そんなんで捜査も適当になってもてるようや。確かに、大概はそのへんの自転車の鍵をこわして適当に乗りまわしてほかしてるだけやねんけどな。なかに時々、超高級車やらカスタムやらプレミアもんやら、桁違いに値の張るやつがまじっとんねん」
「盗るほうに見分けがつかないだけでしょ」
「それが、お高いやつにかぎって乗り捨てがない。気がつけば国外行きの貨物船に乗っとったり、裏ポンバシあたりのジャンク屋でパーツになって売られとったりするんや」
「盗難高級自転車やバイクを組織的に売りさばいてるやつがいるんですか」
「まあ、そういうことや。けど、俺の本命はそこやない」
 堂島さんは咳払いして脚を組み替えた。
「窃盗の時にはそこそこ仕事しくさるガキ共が、たまーに騒ぎを起こして110番通報いれられることがあってな。野良犬のケツに花火つっこんで商店街で放したとか、瓶ビールの栓抜いて1ケース分坂道に転がしたとか。しょーもないんやけど出動せんわけにいかん。そうこうしてる間に実はもっとやばいヤマが同時進行してた、そないなことが何べんかあったんや。まるで、現場の目をそらそうとしたみたいにな」
「陽動ですか。考えすぎじゃないんですか」
「同僚にもそない言われとるよ。西中の不良どもは大人の犯罪者につながってるとこを挙げられたためしがないて。俺に言わしたら、なさすぎて不自然なくらいや」 
「誰かが手綱をひいてるって言いたいんですか」
「へえ、心当たりがあるんかいな」
 僕はシートに身を沈めて唇をひきむすんだ。
 しばらく待っても返事がないと悟って、堂島さんはわざとらしく話題を変えた。
「葺合滋は今年の四月、逢坂府警の取り調べを受けとる。容疑は殺人未遂や」
 そこで言葉を切って僕の顔を見た。
「続けてください」
「……あいつの母親の再婚相手にも連れ子がおってな。三歳の双子やねんけど、そのうちの一人が重身……障害児や。両親の留守中この子が風呂場で溺れた」
「事故ですね」
「自分の脚では立つこともできへん。誰かが湯船に漬けんことには……」
「それだけの理由で疑われたんですか」
「父親が帰宅したときには、服着たまんま湯に沈んだチビコの脚を葺合がつかんどったそうや。現場を見たもんは他におらん」
 堂島さんの話す内容の、どこかにひっかかるものがあったが、その時にははっきりしたかたちにならなかった。
「警察がこだわったんは、あいつがその前の年にも神部で傷害騒動を起こしとったからや。中坊十人ほどに混じって夜中の繁華街で大乱闘。他の関係者が全員逃げ出してもたんで、事件化でけへんかったらしいけどな」
「相手がやましいことをしてたんでしょうよ」
「たいした信用やな」
 僕はまっすぐに刑事の目を見つめ返した。
「葺合は無実です。あいつはいつだって弁解をしない。告げ口や言い訳は卑怯だと思ってる。自分が不利になっても大人のご機嫌うかがいなんかするやつじゃない」
「県警や児相の意見はちゃうと思うで。火のないとこに煙は立たんてな。次に何かあったらもう、ただでは済まんやろ」
「脅しですか」
「そうならんように気ぃきかしたってもええんや。きみが協力してくれるんやったらな」
「……」
 列車がまた停まって、すぐに発車した。僕の降りる駅は次だ。さっきから胸を押さえつけられたみたいに息が苦しかった。呼吸がはやくなって、指先がしびれてくるように感じた。
「……僕から何を聞きたいと……?」
「西中のグループとつながってる大人の手がかりが欲しい」
「江坂の実の父親がその筋の人なんでしょ」
「出戸か?あいつは自分の手は汚さへん。それこそ、尻尾をつかみたいのはヤマヤマやけど、なかなかの狸でな」
 僕は乾いた唇をなめて生唾を飲み込んだ。
「江坂のそばに、多聞っていう男の人がいます」
「……聞かん名前やな」
「本名じゃないかも知れません。それ以上のことは僕にも……」

ブログのデザインを変更しました

 ブログパーツをいろいろ試しているうちに、全体のレイアウトがだんだんごちゃごちゃして見にくくなってきていました。
 この際ですので、必要最小限と思われる内容にしぼって、すっきりとデザインを変更してみました。
「あのパーツは削って欲しくなかった」というリクエストがありましたら復活させるかもしれませんので、ご連絡くださいね。

らす・きあ蛇足話その41 読みたいものを

家族の言うところによると、私が好んで読む小説にはいくつかの特徴があるそうです。
曰く、
「舞台設定がやたらと詳しくて細かい」
「登場人物がやたらと多くてよくしゃべる」
「情景描写がやたらと具体的で長たらしい」
なんだ、これって自分が書いてる小説と同じじゃない、と笑ってしまいました。
ありがたいことに、世の中には上記のような特徴がプラスに作用した大長編傑作がいくつもあります。
プロの技を十分に楽しませていただいたことで、自分でも書いてみたいと図に乗ってしまったようですが、これがなかなかうまくいかないのですねえ。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第39回

 茨木はベルトから塩化ビニルのパイプを二本引き抜き、一本を門真に無理矢理持たせて前へ押しだした。
「行くでぇ。左足ねらえ」
「卑怯者!寄ってたかってけが人を……」
 僕の叫びにキアの声がかぶさった。
「ごちゃ言うとらんと、さっさと逃げんかい」
「でも……」
 茨木がいらいらと手をふりまわした。
「逃がさへんで、烏丸。お前からいてもたろか」
 キアが僕を手で抑えて一歩前へ出た。
「こいつに手ぇ出すやつは許さん」
「やる気ぃかよ。お前から仕掛けてみい、クソ親父にタレこんだるで。またしばかれてもええんかよぉ」
 茨木の大馬鹿野郎。何てこと言ってくれるんだ。
 キアの目がぎらりと光った。裂けたような笑みを浮かべた口元からとがった犬歯がのぞいた。
「俺が殺られる前にお前らを殺ってもたらぁ」
 僕が止める間もなかった。
 いきなり左足の蹴りが放たれた。泡をくって態勢をくずした門真の顔面を踏みつけて小柄な身体が宙を舞った。つかみかかろうとした茨木の背中を両足で蹴り、着地と同時に振り向いて倒れかけたやつの襟をつかんだ。
 先攻をかけるなんていつものキアじゃない。キレさせた茨木が悪いんだ。
「待っ……」
 声を張り上げようとしたのに、いきなり喉に圧力がかかって息が吐けなくなった。
 節くれだったごつい手につかまれて両足が地面を離れた。鞄を落として首にかかった指をひきはがそうとしたが、うまくいかない。頭の血管ががんがんと脈を打ち、目の前が暗くなってきた。
「こっち見いや、葺合。こいつがどないなっても……」
 淡路の怒鳴り声が途切れて、ふっと息が楽になった。と思ったら、まっすぐに落下してしたたかに尻を打った。
「……痛……」
 なんとか立ち上がろうとしたら、ぐらりと何かが降ってきた。あわてて飛び退いたところへどさりと倒れ込んだのは、淡路の身体だった。
「お前ら他にせんならんことがあったんちゃうんか」
 淡路の後ろに、くたびれたワイシャツと黒いスラックス姿の中年男性が立っていた。
「……多聞……さん」
 門真は泣きそうな顔で鼻の頭についた泥をぬぐい、塩ビパイプを放り出して一目散に逃げ出した。
 茨木は襟をつかんだキアにつきとばされてよろめき、白目をむいた淡路の身体にけつまずいて転びかけた。態勢を立て直そうとしたところを多聞の手刀で打ち据えられ、そのまま仲間の上にどさりと倒れた。
「ったく。ボンにはろくな手下がおらんな」
 多聞は無表情のままひとりごち、折り重なって倒れた二人を迂回して僕に片手をさしのべた。
 助け起こそうとしてくれている。そう思って僕からも手をのばしかけた。 
 キアが猛然と走ってきて、多聞の腕につかみかかった。するりと身をかわした男の懐にそのままとびこんだ。
 多聞は突き上げられたキアの拳に手を添えて軽々とひるがえした。転がされたキアは片手を地面についてはじくように蹴りかえした。攻撃はまたしてもかわされた。ひるまず次の蹴り、そして突きがくりだされた。
 僕は地べたに尻をつけたまま、二人の動きを呆然と見守った。キアのがむしゃらな攻めを多聞はことごとくいなした。防戦一方というより稽古をつけてやっているみたいだ。
 数十秒が経過し、飄々と動いていた多聞の顔色がだんだんどす黒くなってきた。息を吐くたびに苦しそうに顔をゆがめ、終いには身体を屈めてぜいぜいとあえぎだした。
 キアは攻撃をやめ、不機嫌そうに口の端をまげた。
「老けたな。くそ野郎」
 多聞はなんとか苦しそうな息をおさめて顔をあげた。
「ヤニで肺いわした。てめえも気いつけろよ、くそ坊主」
「タバコは小五でやめたわ」
「自慢すな、あほ」
 気のせいだろうか。表情は変えなかったが、多聞の声が柔らかくなったように聞こえた。
「リーチが足りんぶん、間合いをつめて補う気やろけどな。お前のは入り込み過ぎや。無鉄砲で命落とすで」
「知ったふうぬかすな。俺はお前の弟子やないわ」
 淡路がむくりと身体を起こし、茨木をずり落としてうなり声をあげた。
 多聞は冷ややかに二人を見下ろした。
「じきに売布が来る。面倒やから、お前らはもう去ね」
「あの……助けてもらって……」
「礼なんか言わんでええ!」
 キアはますます不機嫌になり、後ろも見ずに歩き出した。僕は小走りで後を追った。
 僕が横に並んでも、キアはまっすぐ前をみたままずかずかと歩き続けた。足の具合が心配だったが、唇を噛み眉間にしわを寄せた顔を見ると、声をかけるのもためらわれた。
「いつまで出戸に義理立てしとんや。ダボカスが」
 はき捨てるように言ったのが多聞のことだと気がつくのにちょっと時間がかかった。
「あの人とは古いつきあいなの?」
「つきあいなんてもんやない。あのボケ、オカン騙くらかしてソープに売り飛ばそうとしよった」
 思ってもみなかった話を飲み込むのに、さらに時間がかかった。
「……弟子じゃないって言ってたけど……格闘技とか教えてもらってたんじゃないの?」
「ぶっ殺したる気ぃで何遍もつっかかってった。そのたんびにどつき倒されて、しまいに手口を覚えてもただけや」
「キア……そのとき歳いくつだった?」
「小二」
「……」
 頭がくらくらして質問を続ける気も失せてしまった。
 キアは静かになった僕をちらりと見かえした。
「首んとこ。指の跡、残っとうで」
「え?」
「はよ冷やしたほうがええ。親に知られとないんやろ」
 下を向いても自分の首は見えなかったが、触ってみるとたしかに熱を持っている部分があった。
 キアは少し気落ちしたようすでうつむいた。
「俺とおったらろくな目にあわへんな」
 違うよ、キア。僕がいつも外れクジをひいてしまうのも、親とちゃんと話をしないのも、お前と知りあう前からのことなんだ。
 成り行きで小二の頃のいやな思い出がよみがえった。

 小学校にどこかのボランティア団体が押し掛けてきたときのことだ。自称カウンセラーの女の人がクラスの子供たちに真っ白い上質の紙を配って言った。
「地震のときのことを覚えていたら絵に描いてみましょう」
 僕がクレパスを手に取るよりさきに、担任に声をかけられた。
「烏丸君は知らないものね。無理に描かなくてもいいのよ」
 そのあとみんなが絵を描き終わるまで、僕は白い紙を見つめたままじっとすわっていた。

 我に返ると、キアが僕の顔をとまどったようにうかがっていた。
「ちょっと考え事してただけだよ」
 僕はそう言ってカッターの襟をひっぱって立てた。


2003/09/20 Sat.

 僕の家の近所には本屋が少ない。
 マンガや新刊の文庫本なら小さな店でも間に合うけど、自然科学関係の本や何年か前に出版された小説を手に入れるためには明智駅前の大型書店まで出かけなければならない。
 僕が買い物に行くと聞いて、母さんが
「ついでにお願い」
とお使いリストを渡してきた。料理の本や勇のファンシー文具まで買うはめになり、帰りにはデイバッグがずしりと重くなった。
 明智駅から乗った快速列車は二人がけのクロスシートだった。窓側に座って荷物を足元におき、フィールドノートを開いた。
 最近、ムシの観察記録はほとんどつけていない。
 人名を書き残すのをはばかってイニシャルや記号や矢印ばかりに書き換えているが、常盤から仕入れた情報と、僕が知りえた事実の整理に使っているのだ。

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