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2010年8月の記事

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第52回

「簡単に言うな。学校のなかで起きたことはそうそう逮捕のねたにならん」
「今晩十一時から明け方まで西中を見張っていてください。宇多野先生が保健室のPCを持って侵入しようとするはずだから」
「なんでそんなことがわかる」
「午前中の集会のあとで確かめました。保健室のPCはまだ戻ってきてません。捜査がどんどん厳しくなってるから、隠し持つのも大変でしょう。一方で保護者集会が持たれれば健康調査票の漏洩問題が蒸し返されるに決まっているし、週明けには保健室にも手が入るでしょう。今晩が最後のチャンス。そう思ってるはずです」
「そんなら十一時まで延ばす意味がないやろ」
「パチンコ屋の営業時間中は動きませんよ。お目付役もいなくなったし、最近相当ストレスをためこんでるみたいだから、ぎりぎりまで台から離れないでしょう」
「何もかもわかったような口をきくやっちゃな。中坊のくせに」
「信用しないのは勝手ですけど。刑事さんにとっても、最後のチャンスですよ」
「……」

 信用していないのはお互い様だ。堂島さんが動こうが動くまいが、僕は自分で宇多野先生を待ち伏せするつもりだった。
 母さんは予定通り旅行に出かけた。勇はまだ一人寝が心細い。父さんを寝床に呼び寄せて、しばらく傍にいてくれとせがむだろう。
 午後十時を過ぎるころ、僕は自室を出てふたりが隣の寝室にいるのを確かめた。トイレにいくふりをして階段を降り、こっそりと家を出た。

 風はなくとも長袖一枚では肌寒い気温だった。この時間、国道を離れると人通りはほとんどない。農地と住宅地の夜はしんとして、ときおり虫の鳴き声が聞こえるばかりだ。
 学校の出入口は正門と通用門の二カ所。正門からだとグラウンドを横切らなければ本館にたどりつけない。
 僕は通用門から十メートルほど離れた空き地に身を潜めた。周囲には家が建っていた頃の庭木がそのまま残っていて、かっこうの隠れ場所になっていた。
 ポケットを押さえてデジカメと自家製スタンガンの感触を確かめた。周囲をしっかり見張っていなければならないのに、じっとかがんでいると余計な思いが頭をめぐってしまう。
 千林が宇多野先生に密告したかも、と考えてすぐに打ち消した。立場の強い相手に、弱みを握っているとわざわざ知らせるようなやつじゃない。
 昼間の学校での噂や堂島さんの口振りからすると、今までにみつかったのは一年生の雑魚ばかりで、江坂と主だったグループメンバーの行方はわかっていない。バイク強盗の真犯人は本当に連中なのだろうか。
 キアは今日も登校してこなかった。出張あけの父親に引き留められて自宅にいるのだろう。くやしいけど、クラスメートからは高井田や門真の欠席と大差ないと見られている。

 自分の心臓の音がやけに甲高く聞こえると思ったら、背後の木蓮の枝でカネタタキが鳴いているのだった。チッチッチッチッとリズミカルで澄んだ音色。秋に鳴く虫のなかでは控えめな音量だけど、あたりが静かなのでよく響く。
 時間はゆるゆると歯がゆいほどゆっくり流れていった。
 ようやく日付が変わった。門の周辺には誰も現れない。警察は張り込みをしているのだろうか。僕にはその気配もわからない。どこかで推論をまちがえたのだろうか。しびれた足をそっと踏み換えようとして、路地を曲がってくる人影に気がついた。
 あわててデジカメをひっぱりだそうとしたその時だ。
 ふっと虫の音がとぎれた。
 どきっとしてとっさに身体を横ざまに転がした。背後から飛びかかってきたやつが僕のいたところに手をつき、ひらりととんぼをきった。鮮やかな赤い髪が瞬間街灯に照らされてすぐ闇に沈んだ。僕は地面に倒れたままスタンガンを手にとろうとして一撃の手刀で払い落とされた。逃れるひまもなく両腕を後ろ向きにねじあげられ、背中に膝蹴りをくらって息がつまった。そのまま上半身を草むらに押しつけられて身動きとれなくなってしまった。
「ようもこけにしてくれたな、秀才くんよ」
 耳元でささやいた、からかうような声。聞きなれているはずなのに、全身の毛がぞくっと逆立った。
「……江坂……」
「大声出すなよ。腕の関節を増やしとなかったらな」
 通用門の電子錠をいじくる鈍い音がやけに遠く聞こえる。今騒いだら宇多野先生に気づかれてしまう。
「なんで……僕を……」
「多聞を使うて、ポリコとクソ爺の馴れ合いを手引きしたんはお前らやろが」
 多聞さんと……出戸?
「……何のことかわからな……」 
 江坂が手の力を強めた。痛みに耐え、必死で声を飲みこんだ。
「吐け。多聞はどこにおる。クソ爺をどこに隠した」
 こいつは警察から逃げまわっていただけじゃなかった。意趣返しのために父親を追いかけていたんだ。
 ずっと江坂のそばにいたはずの多聞さん。出戸と一緒に姿を消した?
「……ばっくれんなら、お前を餌にして葺合を呼び出す」
 頭にかっと血がのぼって思わず声が大きくなった。
「あいつは何も知らない。堂島さんに話したのは僕がひとりで……」
「そこまでや、ガキ」
 いきなり強い光に照らされて目がくらんだ。
 がさがさと何人もの足が草っ原を踏みしだく音がした。押さえつけられた体勢から精一杯顔をあげてみた。急に明るくなった空き地に少なくとも三、四人の男の人たちがいた。
「深夜徘徊、他人の土地への侵入にくわえ、暴行の現行犯や。まっすぐ家には帰されへんで」
 逆光で顔は見えないが、堂島さんの声だ。今まで黙って僕を見張っていたのか。
 通用門のあたりから宇多野先生と別の男の人の押し問答、門扉に何かがぶつかる音が一度に聞こえてきた。
「教師が学校に入って何が悪い!」
「合鍵を黙って持ち出して、深夜無断で入り込むのは住居侵入罪ですよ」
「仕事の用事を思い出しただけだ!」
「火災の捜査中は特に勝手な行動は慎んでくださいと、学校長と警察連名で通知してたでしょうが。ともかく、お話は署で聞きますから……」
 江坂が頭をのけぞらせてけらけらと笑った。
「先コが門をくぐりぬけて既遂犯になるまで待っとったんかよ。ご苦労さんやな」
 そうして僕をあざけるように見おろした。
「囮に使われたな。気ぃついてへんかったか?ええ?」
「いいかげん、静かにせんか」
 男の人たちのひとり……若い刑事が雑草をかきわけてこちらに近づこうとした。
 江坂は無造作に僕の腕をねじった。
 痛みから反射的に逃れようとしたが、動きを封じられて、どっと汗が噴き出した。
「こら!」
 つかみかかってきた刑事の手を、江坂は僕の腕をてこの支点にしてさっとかわし、素早く足技を使った。
 刑事は脛を払われて転倒し、頭を雑草の茂みにつっこんだ。
「ああっ」
 肘に激痛が走り、僕はもうなりふり構わずに悲鳴をあげていた。
「あーあ、無理な運動さすから、また坊やを痛い目にあわしてもたやんか」
 頭の芯がどくどくと脈打ち、目の奥がしびれてきたが、気を失うまいと必死で考えをめぐらせた。見慣れた身体の動き。キアと同じ技だ。こいつも多聞さんの弟子なんだ。
「かわいそうになあ。恨むんならお前に目ぇつけた刑事やでえ」
 江坂は僕の腕をひっぱりあげて無理やり立ちあがらせた。
 堂島さんが熊のようにうなった。
「まだ逃げられる思ぅとんのか。往生際の悪い……」
 江坂は世間話でもしているみたいにへらへら笑いながら、僕の指に指をからめた。
「俺をとりおさえるまでに、こいつの指が何本折れるか、賭けてみるか?」
 堂島さんは両手を中段に構えてじりじりと間合いを詰めてきた。
 江坂は僕を楯にしながら、そろりと体勢を整えた。

らす・きあ蛇足話 その55 explicit

 「墓守虫」の連載は、この地味な作品の中では一番派手な暴力シーンにさしかかろうとしています。
 ここまで来ると直接的な犯罪や流血の描写も避けて通るほうが不自然でしょう。主人公二人にはかなり痛い目にあってもらいます。
 今までの物語を読んできてくださった方にはその必然性をご理解いただけるものと信じつつ、やっぱり嫌、読みたくないという方はどうぞ、連載第52回、53回はとばしてください。
 2回分のあらすじは後ほどこのコーナーで紹介させていただきます。

 「私たち人類は他人の不幸に平気で耐えられるほど強い」と書いた人がいました。現実に鈍感になるのも生きる方便でしょうが、共感のかけらも持たないのであれば小説を読む意味もなくなってしまうように思います。
 たとえ架空の人物であっても、その痛み苦しみを快楽や八つ当たりの種だけにはしたくないと考えています。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第51回

 いくら敏捷な彼でも相手が堂島さんでは体格と腕力で圧倒されてしまう。
 両手両足をがっちり固められて、いくらもがこうとも逃れることはできなかった。
「親子げんかしてもて、詫びのいれ方がわからんのやろ。俺がかわりにとりなしたるがな。外の騒ぎがおさまるまで、家から出さんとってくれ言うてな」
 堂島さんはそう言い放つと、そのまますたすたと倉庫を出て行こうとした。
「あとの二人、一緒に学校へ戻れ」
「させるか!烏丸には俺がついてくんや、おろせ、クソ刑事!」
 千林は僕をにらんで拳をつきあげた。
「なんでこいつと……」
「お互いのアリバイや。職質にひっかかりとなかったら、さっさと動け」
「烏丸!絶対ひとりになるな!宇多野なんかほっといてええから!」
 刑事さんはわめき続けるキアを抱いたまま県住に向かった。
 呉越同舟か。僕は堂島さんを見送り、千林を手招きして駆け出した。後ろを確かめはしなかったが、同級生は黙ってついてきているようだった。
 キアのことは心配だったが、僕が彼の父親に何を言えるだろう。堂島さんなら、大人の男同士でうまく話をしてくれるかもしれない。
 国道を避け、未舗装の旧街道を走りながら千林に声をかけた。
「僕を恨むのは勝手だけど、葺合に手を出したら承知しないぞ」
「あの低脳が転校してきてから、すべてが狂いだしたんだ。もっと早く逢坂かどっかで捕まえてくれてりゃすんだのに。とんだ迷惑さ」 
 逆恨みだ。やっぱり楠さんのときにふんじばっておくべきだった。
「僕はもう人生終わってるんだよ。親にも教師にも見離されたしな。こうなったら、お前らも一緒に引きずり落としてやる」
 どんな顔をして言ったのか見たくもなかったが、千林の声はどす黒い憎悪に満ちていた。

 僕らが教室へ駆け込むのと同時に六限目開始のチャイムが鳴った。
 すぐ後に続いて階段をあがってきたのは教科担当の教師ではなく、制服の警官と担任の教師たちだった。
「何をぼさっとしてる。さっさと席に着け」
 宇多野先生がさっきよりしゃきっとして見えるのは、そばにいる警官のせいだろうか。
 スーパーの塩鯖のような目をした生徒たちと一緒に追い立てられ、僕はうっかり椅子の座面を確かめずに腰をおろしてしまった。
 ぐちょり、と柔らかいものが大腿に押されてはみ出す感覚がした。
「本校の校区内で中学生によると思われる重大事件が起きた。警察からの要請で、今から点呼をとるからな」
 ついさっきまで警察を目の敵にしていたくせに。江坂に見切りをつけて立場の強いほうにくっついたな。
 スラックスに生暖かいものが滲みこみ、裾までつたい落ちていくのとともに、有機物のねっとりした臭気が漂いのぼってきた。
「今後の方針については明日の臨時全校集会で連絡する。それまでは家でおとなしくしていろよ」
 横一列離れた席の大宮が、こちらを見て真っ青な顔になった。震えた肘があたってノートが床に落ちた。御影が黙って拾いあげた。
 僕は女の子たちから顔をそらし、無表情を装った。席についたまま身体を動かしはしなかった。

 事件はTVのローカルニュースでも取り上げられた。けがをした女の人はそこそこ有名な前衛舞踏家だという。火事騒動とのつながりで、メディアの論調は学校と警察に批判的だった。これが本当に出戸の仕組んだ罠だったとしたら、江坂はパトロンから手ひどく裏切られたことになる。
 堂島刑事の接近を知ってのトカゲの尻尾切りか。

 夕食後、珍しく父さんが僕の部屋を訪れた。
 作業中の机上には工具と一緒にプラモデルの部品を広げて偽装したつもりだったが、電池やハンダごてを何に使うのかと問いつめられたらごまかしきれるものではなかっただろう。
 僕が内心どきどきしながらプラモを組み立てるふりをしている間、父さんはゆったりとドアにもたれて待ち続けていた。三十分以上経過して、ようやく僕から口を開くつもりはないとわかったようだ。
「親に話しといた方がいいことはないかね」
 前置きなしの直球か。
「制服を汚しちゃったことは母さんに謝ったよ。パンツと靴下は自分で洗ったし」
「どうしてそんなことになったか説明はしたのか」
「雑巾の下に何があるか気がつかずに座っちゃったんだって」
父さんは腕を組んでじっと僕の顔を見た。まだ出て行ってくれそうにないな。
「御影さんの奥さんが心配してくれてたよ。最近、涼香ちゃんと仲たがいしてるのかい」
 あのおせっかい女。つい、いらっとした声になってしまった。
「小さいときから家が近かったってだけで、仲良くしなきゃならないって法はないだろ」
「母親どうしは仲良しだからな。最近クラスの雰囲気があまり良くないらしいね」
 御影のおばさんならもっとオーバーな表現をしたはずだ。父さんがどこまで知ってるのかわからないけど、僕から直接説明をさせたいということか。
「話すことなんて別にないんだけど」
 父さんは表情も声のトーンも変えなかった。
「母さんが、旅行をキャンセルすると言い出してね」
 僕は思わず椅子をまわして父さんの顔を見た。
「そんな……久しぶりの同窓会なんでしょ。半年も前から日程調整して、新しいスーツまで買ったのに」
「保護者向けの説明会を開けと学校にねじこんでいる人たちがいるようでね。明日の全校集会には間にあわなくても、明後日の日曜日には実現するかもしれない」
「そんなの、わざわざ予定を変えてまで参加しなくたって……」
「母さんから聞いていなかったのかな。二週間ほど前から、担任の先生が頻繁に電話をくれるようになったそうだ。なんだか要領を得ない内容なんで、のらりくらりとかわしていたらしい。それが段々けんか腰になってきたもんだから、とうとう私にお鉢がまわってきたんだが」
「……僕がぐれてるとでも言ってたかい」
「私が出た途端に通話を切られてしまった」
 あのタコ担任、僕の知らないところであることないこと母さんにくっちゃべってたのか。僕は腹立ちまぎれにベッドにどすんと座り込んで、枕に拳をたたきこんだ。父さんの話はまだ終わらなかった。
「いったい学校で何が起きているんだい?いいかげん、説明してくれてもいいんじゃないかな」
「火事もバイク盗も、悪いのは一部の生徒だけだよ。僕とは関係ない」
「母さんはな、聡が困ったときに、父さんには話をしづらいんじゃないか、自分が家にいないと間に合わないことがおこるんじゃないかって心配してるんだよ」
「そんなこと……取り越し苦労だよ」
 父さんがじっと僕を見ている。わかっていて顔をあげられない。
「心配しないで出かけておいでって、僕から母さんに説明してくる……」
「私から言っておくよ。聡と二人きりでは話ができないんじゃないかと疑われているもんでね」
 冗談めかしてそう言ったあと、父さんの声はまたきまじめになった。
「大事なことは、本当に話してくれるんだな」
「……うん……」
 ようやく出ていってくれた。僕は枕に顔を埋めてぐったりとベッドにのびた。
 親にばれないように立ちまわっていたつもりが、見透かされ泳がされてたってことか。
 だからってここからひきかえすわけにはいかない。本気で止めに入られたらどうするか、それはその時に考えよう。


第八章 カネタタキ

2003/10/04 Sat.

「……やっと繋がりましたね」
「こっちは忙しいんや。回線をふさがんとってくれんか」
「昨日は途中までしか説明できなかったから。堂島さん、このままだと自分の手元で江坂の身柄を確保するのは難しくなりそうですね」
「俺にけんか売っとんか」
「まさか。打開策の提案ですよ。宇多野先生を捕まえりゃいいんです。江坂を通じて金と情報のやりとりをしていたはずです」

「子守唄墓守虫」連載終了時期について

 以前から「子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ)」の連載期間を一年ちょうど、したがってこの九月で連載終了とお知らせしてきました。
 ところが、現在の進行ペースでいくと、九月中に終了できるかどうか、ちょっと怪しくなってきました。
 おそらく、何回分かが十月にはみだすものと思われます。
 ご迷惑をおかけするかもしれませんが、よろしくご了承ください。
(作品中の時間は、このあと駆け足で冬を通り過ぎて早春にいたる予定です。)

らす・きあ蛇足話 その54 お料理のお勉強

 滋にコオロギとクビキリギスを食べてもらうにあたって、昆虫食について調べてみました。
 地方の食文化として幼虫の佃煮があること、イナゴ、セミ、トンボなどが救荒食として利用できる程度の前知識しかなかったのですが、勉強してみると、ムシってけっこう美味なのだそうですね。
 唐揚げだとか寿司だとか、あまり見事に料理してしまったのでは場面の緊迫感を台無しにしてしまうので、わざと制限された状況であまりおいしくなさそうに描写しました。
 かわいいムシを食材にしてしまうのもちょっとかわいそうなんですけど、クマゼミならあんなにたくさんいるのだから、一匹くらい味見してみてもいいかな、なんて考えています。

SEC○Mさん

 働く男の仕事着姿が大好きな私です。
 最近のヒットは帰宅時にお見かけした有名警備会社の方。
 片手にはヘルメット、すっきりしたシルエットの制服。防弾(?)チョッキのポケットには携帯やら警棒らしきものやら、お道具いっぱい。
 帰宅後ネットで調べてみたら、数年前にけっこう力をいれてリニューアルしたデザインのようですね。
 でも、かっこいい制服も中身あってこそ。私が見とれたその人は、きっちり実用的な身体の鍛え方をされていましたし、一所懸命お仕事したあとのちょっと疲れた風情がすてきでした。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第50回

 五限目の授業をしに来た英語の教師は、三人から一歩さがったところで迷惑そうに薄い髪をなでつけていた。
 女の人が僕に気づいて手招きした。
「あなた、烏丸聡さんですね」
「生徒に許可無く話しかけんでください!」
 間髪入れずに宇多野先生がどなったが、女の人は気にしなかった。
「壬生先生から多少は話を聞いてます。葺合滋さんが今どこにいてはるか、ご存じかしら」
 僕を返事する気にしたのは、宇多野先生へのあてつけだ。
「いつもならちゃんと授業に出てますよ。あなた達みたいなのがうろうろするから、いなくなっちゃったんだ」
「なんだその口の聞き方は!」
 先生が今度は僕をどなりつけ、詰め襟に指をかけてひきよせようとした。児相の男の人があわてて先生の腕をおさえた。
「ちょっと、落ち着いてくださいよ先生」
「生徒が落ち着かんのは、あんたらみたいなのがうろうろするからだろうが」
 男の人は手を離してすがるように連れの女の人を見た。女の人は眉ひとつ動かさずに先生に向き直った。
「生徒さんたちが落ち着けるように、先生からきちんとお話をうかがいたいですわ。場所を変えましょか」
 宇多野先生は口の中でぶつぶつと毒づき、いきなりきびすを返して歩き出した。二人の招かれざる客は黙ってそのあとを追い、英語の教師はやれやれと教室に入っていった。
 ぞろぞろと教師に続いた生徒たちに背を向け、僕は校舎の外へ向かった。体育倉庫に立ち寄って荷物を回収し、正門から堂々と校外へ出た。何人かの教師がこちらを見たが、一年C組の生徒と知ってとがめだてる者はいなかった。

 県住につく頃には太陽が雲に隠れ、風もないどんよりとした天気になっていた。
 葺合家に誰かが帰ってきたようすはなかった。僕は玄関ドアに背中をくっつけて、通路の塀ごしに向かいの畑を見おろした。
 やはりそうだ。地上からこのドアを監視するなら、例の空き倉庫がぴったりの位置にある。
 コウモリがいなくなっていると気づいたときに、ちゃんと考えればよかった。
 階下におりて車道をわたり、ナスからカブに植え替えのすんだ畑をまたぎ越した。倉庫の裏にまわり、ぽつぽつと並んだ窓のうちにひとつだけ、割れたガラスをきれいにはずした枠をみつけた。
 そこから中にもぐりこみ、ひび割れたコンクリむきだしの床に降りたった。しきりのない大きな部屋はがらんとしていたが、空気は思いのほか暖かく、かすかに何かを燃やしたにおいがした。部屋の中央からすこしずれた位置に木箱と灯油缶と平らな紙製の菓子箱がひとつずつ並べて置いてあった。
 木箱に腰をおろして見上げると、正面の高窓越しにちょうど四階のドアが見えた。視線を下げると灯油缶の中に木っ端の燃えかすがたまっていた。
 四角い缶にたてかけられた太い針金を持って中身をかきまわしてみた。火は完全に消えていた。
 背後に人の気配がした。僕は振り向かずに声をかけた。
「ゆうべ、ここから僕が見えていた?」
「声かけよか、せんど迷ぅた。他のやつが外におったから知られとなかった」
 キアは僕の隣に片膝をついて、手にした紙袋の中身を菓子箱にぶちまけた。五センチくらいの黒っぽい毛虫が三十匹ほど。モンクロシャチホコの幼虫……いわゆるサクラケムシだ。
「それが晩のおかず?」
「クソ出さしてもてから焼く」
 さらりと言って菓子箱の蓋を閉めた。
 この場所から一番手近で手に入る食料なんだ。お父さんの帰りを待つ間、遠出はしたくなかったんだな。
「昨日一日、ここで張り番してたのか」
「出張中は夜勤も多いからな。何時に帰ってくるとか、決まってへん」
 玄関ドアの前に居座ったって隣近所に助けを求めたって良かったろうに。誰にも知られないように、ひとり隠れて待ち続けるのがお前の流儀なのか。
「さて……お前、誰を連れてきたか知っとんか」
「え……」
 すっかり錆ついていると思っていた倉庫の鉄扉が、がちゃがちゃと騒々しい音をたてて開けられた。
 ひょいと顔をのぞかせたのは堂島さんだ。室内を見わたしてから僕らの前まで大股で歩いてきて、おもむろにあごをしごいた。
「ふむ。江坂たちとは別行動やってんな」
 キアはこわばった僕の手から針金を抜き取り、先端をぴっと堂島さんにむけた。
「お巡りが他所んちに押しいってええんかよ」
「不法侵入はそっちやろが。俺はちゃあんとあっちの畑におった持ち主の許可を取り付けてきたわ」
 刑事さんは時代遅れの不格好な鍵を振って見せた。
 僕はようやく事態を飲み込み、木箱を蹴ってたちあがった。
「どういうことですか。僕をつけていたと?」
「捜査には公平な情報が必要やからな。誰かひとりの言い分だけで事実がわかるわけはない。きみの報告も裏をとらせてもろてただけのことや」
 キアの腕がひゅんとしなった。針金がまっすぐに飛んで鉄扉にあたり、がん、と大きな音をたてた。裏に隠れていた人影が泡を食ってとび出した。
「千林!」
「僕を狙ったな。見たでしょう、刑事さん。こいつが僕を……」
「威嚇した。ちゃんと的ははずしとった」
 堂島さんはぴしゃりと言い放ち、千林を黙らせた。
「お前の訴えも今んとこ証拠なしや。葺合が悪いとは決まっとらん」
 胸がむかむかしたが、今はそれどころではない。刑事さんに伝えなくてはならないことを思い出した。
「僕なんかより見張って欲しいやつがいます。宇多野先生です。保健室から持ち出した証拠品を……」
 携帯の着信音が鳴り出し、僕の声をさえぎった。
 堂島さんは最初めんどくさそうに携帯を開いて耳にあてた。
「しばらく連絡は控えろ言うたやろが……」
 話を聞くうちに、その表情がみるみる険しくなった。
「くそぼけどもが。俺を出し抜いたつもりか」
 たたきつけるように携帯を閉じ、三人の中学生に向き直った。
「お前ら、今すぐ学校へ戻れ。この週末は家族か教師の目の届くとこでおとなしゅうしてろ」
「何があったんですか?」
「交通整理中の警官の目の前で、複数の中学生が夫婦のライダーを突き飛ばして輸入モンのバイクを強奪した。すぐに検問と捜索が始まる。お前らが網にかかったらややこしい」
「今まではバイク泥なんてまともに取り締まりもしてなかったのに……」
「女のほうの被害者が後続車にはねられて腰の骨を折った。強盗致傷や。今までとは罪状のケタがちゃう」
「あのずっこいグループの連中がそんなドジを踏むはずが……」
「はめられたんや。誰かが事件をお膳立てして、警察に捜査の口実をくれた」
 信じられない。教師たちすら手玉にとってきた江坂の上を行くやつがいるなんて。
 キアが肩をすくめた。
「出戸なら、やりかねん」
「そんな。だって……」
 父親じゃないか。そう言いかけてことばを飲み込んだ。
「追い立てられる連中と鉢合わせすんのも危ない。お前、江坂に目ぇつけられとうからな」
「でも、宇多野先生が……」
 キアがふいに高窓を見上げた。視線を追うと、葺合家のドアがちょうど閉められるところだった。
「帰ってきた……」
「お父さんだ」
 キアの顔に動揺がはしった。
 意外だった。すぐに家へ向かって走り出すかと思ったのに、立ちつくしたままぐずぐずと動かない。僕に向けた目が泳いでそれた。
 怯えている?こいつが?
「早く行かないと……また出て行っちゃうかも……」
 おずおずと声をかけた僕と、なおも動けずにいるキアを見比べて、堂島さんはふん、と鼻を鳴らした。
 そうして背後からキアの身体に手をまわして軽々と持ち上げた。
「なっ……離さんかい、ぼけぇ!だぼぉ!」
 隙をつかれて不覚を取った。キアが顔を真っ赤にしてののしった。

らす・きあ蛇足話 その53 がんばれ地方公務員

 しつこくくりかえしますが、このブログに掲載されている小説は完全なフィクションです。
 現実の人物、団体、事件などとはいっさい関係ありませんし、特定のモデルもありません。
 物語には教師、警察官、消防士、児童福祉司、医療従事者などが登場しますが、私が実際に見知っている職業人の皆さんは仕事熱心で善良な人たちばかりです。
 ただ、個人としてはいい人ばかりでも、組織として動き出すとなぜだかうまくいかないことや、思いもよらない結果が出てくるのも世の常です。
 まだ中学一年生の聡くんには理解できない大人の大変さも、行間から読み取っていただければさいわいです。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第49回

 教室の空気はどんよりと淀んでいる。一方で、生徒達の周囲にはちりちりと帯電したようないらだちがまとわりついていた。

 三限目の国語が始まって五分ほど経ったころ、教室後部のドアがそろりと開いた。わずかに足をひきずりながら、ひとりの男子生徒が入って来た。キアだと気がついて思わず声をあげそうになり、必死でおさえた。 鞄は持っていない。ぼさぼさにもつれた髪。制服には白っぽい汚れがカビのように浮いている。煤がついたまま雨に濡れて、まだ生乾きのようだ。数名の生徒が後ろを振り向き、あわててまた前を向いた。国語の教師も、チョークを持った手をとめて目をぱちぱちさせたが、すぐに何も見なかったふりをして授業を再開した。
 席についたキアは両肘を机に置いてうつむいたままじっとしていた。すぐ前の席の女子生徒が鼻に手をやってじりじりと机を引き離した。
 休み時間になってもキアは席を立たなかった。僕は彼の隣の欠席者の席に移動した。ふたつの机をぴたりとくっつけ、境目に教科書を広げた。四限目の理科の教師はいつもどおり、アンチョコに顔をつっこんでその内容を黒板に延々と書き写し続けた。僕とキアの周囲には目に見えないバリアがぴっちりと張り巡らされていたが、教師はそんなことなど微塵も気にかけていなかった。
 僕はノートとりに集中するふりをしながらキアのようすをうかがった。不揃いに伸びた前髪が顔にかかってはいたが、痣や傷はないようだった。
「におうか?」
 ぼそりと言われてどぎまぎと視線をそらした。キアはちょっと口の端を持ちあげて無理に笑おうとした。
「悪いな。二日ほど風呂にはいってへんのや」
 風呂どころの問題じゃない。この二日間、こいつはいったいどこで寝泊りしていたんだ。
 尋ねたいことは山ほどあったが他の生徒たちの前ではままならない。
 四限目が終了すると、キアは僕が席に戻った隙にふいと姿を消した。
 僕はあわてず、弁当包みをかかえて教室を抜け出した。

 さして広くもない校内で、これほど部外者の目があふれていては身をひそめる場所など限られてくる。
 二、三カ所あたりをつけて歩いてまわり、ほどなくキアをみつけた。
 ゴミ置き場と体育倉庫の隙間。じくじくと湿った地面に段ボールの切れ端を敷いて座り、手にした小さな紙袋から何かをつまんでもそもそと食べていた。
 こちらに気がついて袋を隠そうとしたが、すぐにあきらめて膝にもどし、観念したように空をあおいだ。
 僕は自分の弁当の包みをほどき、白飯に箸をつきたてた。
「交換しよう」
「……おまえの口には合わん……」
「つべこべ言うな。それ、よこせよ」
 紙袋をひったくって有無をいわさずに弁当箱を押しつけた。キアは僕の剣幕に押されて弁当を受け取り、手製のメンチカツとポテトサラダを見おろしてごくりと唾を飲んだ。
 はじめは遠慮がちにひとくちふたくち、その後はもう堰を切ったようにとまらなくなった。
 がつがつと飯をかきこむ友達を横目に、紙袋を開いてみた。なかには半分焦げた小指大の物体が五、六個入っていた。脚は焼け落ちてしまっていたが、たぶんエンマコオロギとクビキリギスだろう。一個つまんで口に放り込んだ。この手のムシが食べられることは本を読んで知っていたし、ちゃんと料理すればおいしいのかもしれないと思っていた。でも今かみしめたものは塩さえふっていない、直火であぶっただけの代物で、炭化した部分の苦みだけが舌を刺した。
 キアは飯粒ひとつ残さずに弁当をたいらげた。箸を置いて、取り返しのつかないヘマをした子供みたいに情けない顔をした。
「喰ってもた……全部……」
 見ている僕のほうが耐えられなかった。
「火事のあと家に帰ってないのかよ」
 キアは膝のあいだに頭を押し込んで動かなくなった。僕はその前にしゃがみこんだ。
「メシ代のかわりだ。ちゃんと説明しろ」
 不機嫌なうなり声がかえってきた。
「帰ったよ。待ち構えとった親父にどやされて追ん出されたけどな」
「閉め出しをくったのか」
「ほとぼりをさましとう間に、親父が出張に行ってもた。それだけや」
「家の鍵も持たせてもらってないのかよ。県住の管理人さんに頼んで開けてもらえば……」
「もともと独りもん向けの賃貸や。俺がおんのも目ぇつぶってもうとんのに、そのうえ迷惑かけられるか」
「なんでお前がそんなことばっかり……親がちゃんと面倒みるはずのことじゃないか」
「親父は間違うてへん。俺がオカンにつくて決めて縁切ってんから、そっちへ帰れて、筋通しとうだけや。俺が勝手にごじゃしとうだけで……」
「帰れない事情があるんだろ。ちゃんと話してないのか」
 キアは頭をもたげて僕をにらんだ。僕はひるまずにらみ返した。どこで知ったと訊かれるかと思ったが、黙って立ち上がると、僕に背を向けてゴミ置き場の裏に歩いていった。
 掃除用の水道からざばざばと水を流す音が聞こえてきた。僕もゴミ袋をまたいで移動した。キアは裸の上半身にホースの水をかぶり、鳥肌の立った胸をシャツでごしごしと拭いていた。もともとほっそりしていた身体は夏より肉が落ちて、肋骨や椎骨が痛々しいほど浮き出ていた。胸から上腕、脇、背中にかけて、また数を増やした打ち身や擦り傷から血がにじんだ。
 僕は脱ぎ捨てられた上着を拾いあげ、こびりついた汚れをもみ落とそうとした。内ポケットのあたりで固くて小さなものが指に触れた。ポケットに手をいれてみて、裏生地の内側に何かが縫い留めてあるのだと気がついた。
 手をとめてこちらを向いたキアの前で、僕は上着を裏返し、前身頃の縫い目を引き裂いた。見覚えのある小さな真鍮の鍵が足元に転がり落ちた。
「……保健室の鍵だ」
「おせっかいババアが」
 キアが吐き捨てるようにつぶやいた。
 僕は鍵を拾って握りしめた。壬生先生は最後まで生徒のことを心配してくれていたんだ。
「薬とタオルと着替えだ。ここで待っててくれよ」
 キアが言い返すのを待たずに、僕は本館目指して駆けだした。

 職員室には昼休みでも絶えまなく人が出入りしていたが、少し離れた保健室のある一角は静かだった。
 警察や消防もまだここまでは捜査に来ていないようだ。
 それでも用心深くあたりをうかがいながら、僕はドアにそっと近づいて鍵をさしこもうとした。
 おかしい。鍵はすでに開いている。足音をひそめて室内にはいりこみ……すぐに自分の考えのなさを後悔した。部屋の奥で誰かがごそごそと物音をたてていたのだ。
 引き返すのは危ない。とっさの判断で入り口の脇のデスクの陰に身をひそめ、息を殺した。
 まもなく姿を現したのは宇多野先生だった。
 手にさげた紙袋からは黒くて太いコードがはみだしていた。たぶん、ACアダプタだ。ということは、あの角ばった袋の中身はノートPCか。
 誰かがデータ流出事件を蒸し返したり保健室の業務まで捜査する気になる前に、悪事の痕跡を消そうとしているのか。
 先生が部屋を出て鍵をかける音と、廊下を遠ざかっていく音を確かめてからそろそろと身を起こした。
 消毒薬と肌着、非常食の缶詰をタオルで包んで手近の買い物袋に詰め、大急ぎでゴミ置き場に引き返した。
 キアはいなかった。まもなくチャイムが鳴ったので救援物資は体育倉庫の裏に隠して教室へ戻った。

 既に五限目が始まっているはずなのに、教室前の廊下には十人ほどの生徒たちがうろうろとたむろしていた。
 出入り口の前に四人の大人が立って、道をふさいでいるのだ。中にいる生徒達も逃げ場をなくして縮こまっている。
 四人の中で一番めだつのは宇多野先生だ。額に青筋をたて、両手で握りしめたボールペンを今にもへし折りそうに拳が白くなっている。そんなことなどおかまいなしに悠然と質問を繰り返しているのは、いつかすれちがった児相の女の人。部下とおぼしき若い男の人が、はらはらしながら二人を見くらべている。

浴衣男子

 夏本番、花火大会やお祭りが連日どこかで開催されています。
 夕方になると駅前や繁華街で浴衣姿の男の子たちをよく見かけるようになりました。
 たいていは彼女とペアルックですが、なかには留学生らしき外国の人や、家族そろってなんて風景も見られて楽しくなります。
 着物を美しく着こなすには、帯から裾にかけてすっきりした直線を意識することが大切だと思っています。多少お腹がでっぱっていても、立ち方歩き方でかっこよく見せられるんですよね。
 逆に、姿勢が傾いていたり足が落ち着かなかったりするとてきめんにめだちます。
 もとはといえば浴衣はくつろぎ着ですけど、おしゃれ着にするならしゃきっとかっこいいところをみせてくださいね、日本男子諸君。

らす・きあ蛇足話 その52 大人も育つ

 三部作フル出演のごつい警察官、堂島順慶さん。
 作品ごとに微妙に性格描写が異なっております。
 本編で書くことはないと思いますが、この人もたたき上げの苦労性で、「墓守虫」の頃は仕事一筋、事件解決のためには手段を選ばないところを見せてくれています。
 「脚高蜘蛛」ではずいぶん人間が丸くなったというか、詰めが甘くなったんじゃないかという見方もあるかもしれませんね。若い連中とのつきあいや家庭の事情なんかがあって、この人なりにいろいろ考えることはあったようです。
 配置転換もひょっとしたら自分から希望したのかも。
 信念を貫き通す生き方も立派ですが、大人になってからも軌道修正ができる柔軟さもあっていいと思います。

ラス・キア 子守唄墓守虫(ララバイ・シデムシ) 第48回

 腹の中は煮えたぎっていたが、それを態度に出してしまえばこちらの負けだ。僕はつとめて平然と授業を受けた。
 四限目の数学、安土先生はまだ習っていない範囲の演習問題を僕にあてた。僕が正答を出すと、その後は何度手をあげても完全に無視された。
 SHRのかわりに再度の全校集会がもたれた。教頭先生の話はだらだらとまわりくどかったが、要は「学校外の人に事情を聞かれてもいらないことをしゃべらないように」ということを言いたかったらしい。僕はじりじりしながら本館正面の時計をちらちらと盗み見た。とうとう伏見先生によそ見をみつかって背中をどやされた。

 帰宅してあわただしく着替えをすませ、瀬戸日日新聞の販売店まで自転車を走らせた。
 店頭ではバイクや自転車の前カゴに夕刊の束を載せた人たちが次々と出かけていくところだった。キアの姿は見あたらず、店の前をうろうろしている僕のことなど誰ひとり気にとめなかった。
 そのなかに以前、スーパーカブで県住まで送ってくれた男の人をみつけた。
「こんにちは。この前はお世話になりました」
 振り向いた男の人は、僕を見てあわてたように手を横に振った。
「滋ならおらんで。聞いてへんか」
「やっぱり休んでるんですか。そのことで……」
「ちゃうがな。もうとっくにクビになっとう」
 背中を冷たい汗が流れた。
「いつのことですか、それ」
「先月の二十日すぎや。いや、あいつが悪いんやないで」
 男の人は僕を追い立てるようにカブを押してひとつ先の路地を折れ、背後を確かめて低い声で続けた。
「本署の刑事が、あいつのこと聞き込みに来とったんや」
「それだけですか?」
「やましいとこがあんのは店長のほうでな。労基法とか最低賃金やとか、この店たたけばなんぼでも埃が出る」
「そんな……刑事さんは店の取り調べに来たんじゃないんでしょう」
「そない言われても足元はみられとないもんや。申し訳ない話やけどな」
 僕らの前を自転車に乗った若い配達員が通り過ぎた。ちらりとこちらに向けた視線をかわすように、男の人は首をすくめた。
 僕は「もういいです」というかわりにぺこりと頭をさげた。それから校区はずれの県住めざして全速力で自転車をこいだ。
 葺合家には人のいる気配がなかった。家の前にはポリバケツが転がり、濡れ落ち葉があちこちに貼りついたままだった。鍵のかかったノブをがちゃがちゃいわせ、ドアを乱暴に叩いてみたが何の返事もなかった。
「うるさいわ!そこは留守や。それぐらいわからんかい!」
 隣家のドアから顔を出した初老の男の人がどなった。僕は藁にもすがる思いで駆け寄った。
「いつから留守なんですか?子供も帰ってきてないんですか?」
 男の人はめんくらったように赤い目をしばたたいた。
「昨日の昼頃には大声でわめきちらしとったけどな。そのあとはずっと静かやで。くそ野郎もアホ息子も戻ってへん」
「一緒にどこかへ行っちゃったとか……」
「んなわけあるかい。騒ぎのたんびに邪魔や出て行け顔も見とないてほざいとんは親父ばっかりや」
 そこまで言って、男の人はばたんとドアを閉めてしまった。
 僕は肩を落としてドアの列に背を向け、コンクリの柵越しに下界を見おろした。
 夏休みにもここでこんなふうに途方にくれたことがあった。畑のなかの空き倉庫に今日はコウモリの姿も見かけなかった。
 日暮れとともにエンマコオロギが鳴き出した。あたりが暗くなっても葺合家には誰も帰ってこなかった。

 家に帰る道すがら、公衆電話をみつけてまた堂島さんに連絡をとった。
「西中の防災対策はかなーり適当やったらしいな。今回、被害が広がらんかったんは運が良かっただけやて消防があきれとる」
「運じゃなくて、葺合の機転ですってば」
「家庭科室からペーパータオルの燃えカスがようけみつかっとる。放火と失火の両面から捜査が続くやろ。テーブルに燃え移った火に消火器を使ったやつも重要参考人や。消防はまだみつけてへんけど」
「葺合は住之江を助け出してすぐに僕を追っかけたから……住之江を追い立てた連中からは何も聞いてないんですか」
「現場にいたガキどもか。今日はほとんど登校してへんかったようやな」
「玉出先生は?」
「今はまだ絶対安静や。診断は頚椎損傷。危険な穴ボコを放置していたかどで、学校側が施設安全管理責任を問われることになる」
「あれは犯罪です。誰かが穴を掘ったんです。先生は僕らの身代わりにトラップにかかっちゃったんですよ。足にピアノ線がひっかかたてたでしょう」
「ピアノ線はみつかってへんよ。君らが取っといてくれたら調べようもあったかもな」
「……」
「まあ、焦るこたない。校長や教頭の首根っこは押さえてあるし、職員室の書類やパソコンも押収したからな。本格的な調査は週明けからじっくり始まるやろ」
「放火の犯人探しと学校の責任追及だけなんですね……」
 堂島さんは手持ちの情報を消防や警察の他の部署に知らせる気はないんだ。刑事さんの最終目的は江坂のボスをつかまえること。学校からいぶり出された不良中学生たちを追い詰めて、大人が動き出すのを待ち伏せしている。そのあいだに校内で何が起こっていようと、他の生徒たちがどんな目にあっていようと、本当は知ったこっちゃないんだろう。
「……今朝、二年の男子が校内でケガをして病院に運ばれたでしょう」
「ああ、淡路とかいうガキな。葺合にやられたて言うとるで」
「でたらめだ!騒動の種をまいたことで制裁を受けたんですよ。ボスに脅されて嘘をついてるんだ」
「なら、カスチビにアリバイはあるんかい」
「……」
「あいつが火ぃつけたんやて噂もあんねんぞ」
「誰がそんなでまかせを!」
「シロや言うんなら、何で出てこうへんのや」
「……僕がみつけて来ますよ。ちゃんと説明させればいいんでしょう」
 腹立ちまぎれに啖呵をきったものの、キアを捜し出すあてなんて何もなかった。
 また親父さんに殴られて顔を腫らしてるんだろうか。登校したらまずいことになるとでも思っているのか。なぜ僕にすら連絡をくれないんだろう。


2003/10/03 Fri.

 朝刊の社会面三段抜きで西中の火事が取り上げられた。教師が一名重体になっていることから始まり、安否確認のできない生徒が何人もいること、スプリンクラーの不備、家庭科室のガス栓や備品の管理不行き届き、生徒たちの避難指揮系統の混乱、養護教諭の不在など、明るみにでた学内の不祥事が書き連ねてあった。

 台風一過の晴天も二日はもたず、西の空から羊のような雲がわきだしていた。
 気温が急に下がって、上着をきっちり着込んでも肌寒いほどだ。
 生徒達が登校する頃には本館周りに黄色いテープが一段と増え、昨日にも増して雑多な大人達が出入りしていた。
 制服を着ていない人でもなんとなく雰囲気で職種の区別はつく。
 動作の機敏な消防士たち。目つきの鋭い警察官たち。年輩の教師っぽく見える人たちに学年主任がはりついている。あれはたぶん教育委員会。前に来ていた児童相談所の人もちらっと見かけた。一眼レフのデジカメを持っているのは新聞記者。通りすがりの生徒に話しかけようとしたが、生徒はシカトして逃げていった。
 学校全体が浮き足立っているのに、一年C組だけは別世界のように静かだった。担任は朝のSHRに一瞬だけ顔を見せ、生徒達をにらみつけて出ていった。教科担当の教師たちは宇多野先生と顔を合わせるのを避けるみたいに、時間ぎりぎりに現れて粛々と授業をこなし、チャイムと同時にそそくさと立ち去った。台紙の折れた出席簿は教卓に放り出されたままだったが、誰も手に取ろうとしなかった。またひとり、欠席者が増えた。千林だ。昨日までは背景に溶けるように目立たない態度をとっていたが。

エロイムエッサイム

 土曜日の朝は家族につきあって「ゲゲゲの女房」を観ています。(平日は仕事に出かけている時間ですから)

 最近、物語がようやく私の記憶に残っている時代になってきました。
 モノクロ実写版の「悪魔くん」や、第1シリーズの「ゲゲゲの鬼太郎」は子供心に強烈なインパクトを残した作品でした。
 当時は白黒テレビがかろうじて一家に一台、チャンネルはがちゃがちゃ回転式で、気をつけないと画面が上下にずれるので、垂直同期つまみなんてものもついていましたっけ。

 当時から比べれば特撮もアニメも技術的には格段に進歩しました。アクセス可能なコンテンツの量も飛躍的に増え、どれが自分にフィットするものなのか探すだけでも大変、というぜいたくな時代であります。
 それだけに、今幼稚園や小学生くらいの子供たちが大人になって振り返ったとき、どんな番組をなつかしく思い出すのだろうかなんて考えたりもします。
 案外ポケモンのようなゲームソフトのほうが世代の共通文化として記憶されていくのかもしれませんね。

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