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震災60日目

食物や環境の安全性を議論するとき、ときどき見かけるのが
「リスクは絶対にあってはならない。誰にとってもどんな状況でも必ず安全と言える基準を教えろ」
と主張する人たちです。
これは回答する側にとってはたいへん答えにくい要望です。
その理由のひとつは人間がヒトという生物であるがゆえの個体差の幅です。

年齢、性別、遺伝素因、持病の有無や今まで暮らしてきた環境などによって、病原菌や放射線や化学物質に対する人間の抵抗力にはとても大きな差があります。

ものすごく極端な例をあげれば、生のハチミツの摂取は腸内細菌叢が安定しない乳児にとってはボツリヌス症の原因となり、命にかかわる危険性を伴います。
だからといって、ハチミツの流通は規制されていませんね。1歳以上の子供や大人にはまず問題がないからです。
アルコールだって遺伝的に代謝酵素をもたない人(日本人にはけっこう多いです)が飲み過ぎれば死亡事故をおこします。

これらについては、消費者側が年齢や個体差を考慮して適切に飲食することが期待されているわけです。

誰にとっても安心安全をつきつめていくことには、相応の対価が発生します。生産物の廃棄率は高まるし、エネルギーは余計に喰うし、結果として環境への負荷も増大します。それでなくても、私達の生活を単調で味気ないものにしてしまうでしょう。
自分や家族にとって「大丈夫、問題ない」といえる消費生活を上手に選択していくこと、「一番安全なもの」は特に抵抗力の弱い人たちに譲る度量をもつこと、他人任せではない主体的な行動ができる消費者になっていくことって、ちょっと素敵だと思いませんか。

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