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震災99日目

近しい人の死を悼むのは、とてもプライベートな作業だと思います。
故人を知る者どうしが集まって、よい思い出を話しあい共有し、いやな思い出も少しは吐き出す時間を持つ。何度かそういった話をすることで、記憶が思い出として結晶し、形をつくることで心にちくちく刺さらなくなる。
そういった過程を助けるために、宗教的文化的な弔いの形式があるのだと思います。

一方で、世間の関心を集めるような事故や災害では、死も報道の対象となります。
報道は公共のものです。集められた情報を早く正確に、そして大勢の人に向かって発信するのが仕事です。報道された情報は個人の所有物ではなくなります。

心に残る思い出と、報道された記事はまったく別物です。
たとえ同じ人の身に降り掛かった同じ事実をもとにしているとしてもです。

私達第三者は報道を通じて事実の表層を掠り取りその奥にあるものについて想像をめぐらすことはできます。想像する以上のことはできないのであって、個人的な思い出を共有することはできません。

このあたりのけじめをきちんと配慮しておくことが大切なのだと考えています。

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