フォト

保管庫

2013年12月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31        

いただいた宝物

  • オカダンゴムシくん
    お友達や読者さんからいただいた画像の展示室です。 感謝。

参加しているウェブ小説ポータルサイトさま

子供達の未来を守ろう

  • 子どもの権利条約
  • 子ども虐待防止「オレンジリボン運動」
無料ブログはココログ

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月の記事

震災108日目

地震の翌日から今日まで書き続けてきた日記ですが、毎日書く、という縛りはひとまず108回で終了しようと思います。

もともとは1ヶ月以内には被災地に行くつもりで、それまでの心づもりと気持ちの整理が目的で書き始めたのが、諸事情重なって行動をおこせないままずるずると今日に至ってしまったと言うのが本当のところです。

ともかく毎日書くことを最優先したので、論旨のこなれていないところ、水増ししたところ、本来の趣旨から少しはずれてしまったところなど、読み返すのも恐ろしいような結果になってしまいました。

きちんとした反論をいただけなかったのも、こちらの文章が力足らずだったためと反省しております。

へそまがりのしゃべりたがりは焼いても治らないので、書きたいことがでてきたらまた不定期に書き散らすと思います。
震災関係以外のこともやっぱり書きたいですしね。

「ぽちっと」してくださったココログ仲間のみなさま、ちゃんとお返事できなくてごめんなさい。読んでいただいて感謝、感謝です。

これからも☆咲耶の小姑根性は不滅でございます。

震災107日目

私達は過去と現在を無視して未来に進むわけにはいきません。

失敗に懲りて逆戻りすると言っても、失敗の結果を引き受けないわけにはいきません。

自分は知らなかった、関係ないといっても無罪放免にはなりません。誰かを有罪と決めつけて責め立てても、その人だって状況を元に戻すことなんてできないのです。

昨日とあまり変わらない日が明日もやってくるなんて確証はどこにもありません。
自分の人生がそこそこ順調なのは自助努力の結果かというとそうではなくて、たまたま運が良かっただけではないでしょうか。

地震や津波がおきなかったことにはできなし、一度作ってしまった核燃料は使用するのをやめたところでなくなりはしません。
ある地域で計測される放射線量が減ったとしたら、他の地域に散らばって薄まったか、そこにあった放射性物質を集めてどこかに動かしたかのどちらかでしかありません。
不幸の総和が不変である以上、それを引き受ける人が多いか少ないかの差異しかないでしょう。

自分のかわりに貧乏くじをひきあててくれた人たちに「自己責任」「自助努力」を押しつけてもかまわないのか。
この世の中で自分と自分の家族のためだけの幸福を追求することが本当に可能なのか。
問題を無視するのも現状維持に甘んじるのも意志表示です。
「私一人が努力したところで」というのもすでにひとつの選択ですね。

震災106日目

昨日、多数決を否定するような記事を書いておいておきながら、今度は肯定するようなことを書いちゃいます。

自分が小さな声でごにょごにょ言い続けてきたことについて、面識も交流もない人が同じように発言したり書いたりしてくれているのを見聞きするのはうれしいことです。
そんな主張が時代の流れとともに、たまたま多くの人に受け入れられて大きな声になっていくのは、やっぱりうれしいことです。

なかでも阪神淡路大震災の体験を境い目にして、私の感じ方、考え方は相当変化したと思いますし、それから16年間、ごちゃごちゃと考え続けてきたことについて、今になってとてもたくさんの人がいろんなことを言ってくれている、これはやっぱりうれしいことです。

震災なんて無いにこしたことはないのですが、起きてしまった災害からどれだけの教訓をひきだせるかが、生き残った人間に課せられた使命、といったら大げさでしょうか。

震災105日目

大勢集まって一緒に大声を出すのは気持ちの良いものです。
千人一万人が声をあわせればそれなりの影響力を持てるし、声をあげている人たちも、それぞれに自分の声が千倍一万倍のインパクトを持つように感じられて勇気づけられるでしょう。

また、千人一万人の人が目をつぶって通り過ぎることなら、もうひとりそこにつき従ってもあまり後ろめたさを感じなくてすむでしょうね。みんなで一緒に行動すれば両親の仮借は千倍一万倍に薄まります。

そんなわけで、ある主張がある程度以上の賛同者を集めると、そこから先は放っておいてもシンパが増え続けます。
逆に、どんなにまっとうな意見でも主張する人が少ない間はなかなか世間に認められません。

多数決の論理は大勢でいると安心する人たちがいるかぎり、多数派になることで少数意見を無視することを気にかけなくなる人たちがいるかぎり、歯止めの利かなくなるリスクをはらんでいます。

えらそうなことを書きましたが、私は生まれつきのへそまがりだということです。はずみがついて膨れ上がった世論に冷や水を浴びせるのがつとめだと考えています。

震災104日目

岩手県でまたかなり強い地震がありました。

震災のいやなところは、大きな被害のあった地域でその後ひんぱんに中小規模の地震が続発することです。
しかも、この揺れがいつ襲ってくるかが予測できない。しばらく期間があいてもう大丈夫かと思いかけた頃にまた揺れる。
このような再現性と予測不能性は人間の精神にとって非常な負担になります。

火災なら同じ人が同じ場所でくりかえし被害にあうことは少ないし、台風ならある程度予測がつくのですけどね。

心理学の人たちは心的外傷を事故や災害による「単純型」1回こっきりの大ダメージによるものと、児童虐待やドメスティックバイオレンスのような「複雑型」ダメージが繰り返されることで状況がどんどん悪くなっていくものに分類しています。

けれど、こと地震にかぎっては災害といえども、余震や誘発される地震が続くことで、複雑型に近い深刻さを持つのではないかと思います。

最初のダメージから生活が回復しきっていないところがまた揺れるのではたまったものではありません。
とくに再建された家屋や仮設住宅の耐震性や津波対策に不安がないかどうか、しっかりチェックしていただきたいです。

震災103日目

地域の復興はがれきの撤去、交通インフラの復旧から始まって、建造物の再建、農耕地の整備へと進んでいきます。
被災した人たちへの援助は当座の危機回避、衣食住の確保、仕事や教育の保障、生活の再建と進んでいくのでしょう。

それぞれに緊急時、短期、中期、長期の支援が必要なのでしょうが、なかでも超超長期的な展望を求められるのが、いわゆる「心のケア」です。

こればかりは阪神淡路の被災地域とていまだ道なかばです。
16年が経過しても、今回の震災の報道や映像に触れて、症状が再発、悪化した人たちがたくさんおられますし、健康な人たちのなかにも心身の変調を自覚した人はさらに多いのです。

何年間にもわたる支援のためには周到な計画準備が必要です。今、そのための足がかりをつくり始めている専門家や経験者のグループもあります。

以前にこの日記で、「緊急に援助を届けたい人は義援金ではなくて、支援団体に直接寄付をしてください」とお願いしました。
今回は「超長期的に支援を継続したい人は、心のケアの拠点と基金作りにご協力お願いします」と書いておきます。

震災102日目

16年前、全線復旧して間もない国道2号線が大渋滞に陥った時、被災地を通り抜けるのに何時間かかるか測定するためだけに、わざわざ車を走らせたおばかなTVリポーターがいましたね。

鉄道や道路が復旧するのはありがたいことです。インフラの回復は見た目にも変化がわかりやすい、明るいニュースですね。
ただし、これは本当の意味での復興がようやく始まったということでしょう。
つながった経路を通じて物資が流通する、人間が行き来する、そういう動きが活発になって、それぞれの市町村に新鮮な空気が循環することが大事なのだと思います。

ですから、つながった道をただただ通り抜けていくだけでは意味がありません。
東北新幹線や高速道路を利用される方は、どうぞ福島県内で途中下車してお食事でもなさってください。
(50年住み続ける人の累積放射線量が問題にされている場所に、50分間滞在したところで問題などありません)

被災地で疲れた人たちが気軽にレスパイトに出かけられる、支援する人たちのバトンタッチがスムーズに進行する、必要な物資が必要な時に届けられる、交通網がそのように機能するためには、私達の意識にも通行止めの部分が無いか検証が必要ですよね。

震災101日目

今のところ、放射線被爆が直接の原因で亡くなった方はひとりもいないようです。

最初の地震や津波を生き延びても、慣れない避難生活が原因で病死された高齢者や障害者の方々、無理な転院が原因で病状が急変死亡した患者さん、復旧作業中の不慮の事故で亡くなった方や心折れて自殺された方はコンスタントに数を増やしつつあります。

急がなければならない仕事と、じっくり時間をかけて取り組まなければならない仕事をきちんと分けないとまずいんじゃないでしょうか。

震災100日目

被災地では慢性的にマンパワーが不足しているようです。

もともと過疎の地域だったうえに亡くなった方も多く、仕事や家がなくなったせいで転出していく人も多い。そのうえ高齢者の比率が高いということで、まだまだ必要な力仕事に従事できる人の数が足りなくなるのは当然と言えば当然でしょう。

ボランティアの人数も不足しているそうです。
以前にも書きましたが、アクセスの困難さ、地域の広大さ、自治体単位が小さいこと、放射能汚染の風評被害など、原因はいろいろ考えられますが、最近になって思い当たったのが「情報発信力」です。

阪神淡路の被災地は、良くも悪くも「おしゃべり」で「目立ちたがり」な人たちの住む土地柄でした。
平素から市民も自治体も自己表現すること、情報発信することに慣れていたおかげで、外部に向かって何が必要か、どのようにして欲しいか、それなりに伝える力があったように思います。

東日本の被災地の人たちも、もっとおしゃべりになって欲しい、慎ましく寡黙なのも美徳ではありますが、必要なことについてはもっともっと声をあげてほしいと思います。
地域ごとに必要な援助も少しずつ異なるはずだから、それを中央に集約するだけではうまくいかないと思います。
援助を申し出るほうも、遠くから大声で呼びかけるだけではなくて、顔の見えるところ、地声の届くところまで近づいてニーズを拾う必要がありそうですね。

震災99日目

近しい人の死を悼むのは、とてもプライベートな作業だと思います。
故人を知る者どうしが集まって、よい思い出を話しあい共有し、いやな思い出も少しは吐き出す時間を持つ。何度かそういった話をすることで、記憶が思い出として結晶し、形をつくることで心にちくちく刺さらなくなる。
そういった過程を助けるために、宗教的文化的な弔いの形式があるのだと思います。

一方で、世間の関心を集めるような事故や災害では、死も報道の対象となります。
報道は公共のものです。集められた情報を早く正確に、そして大勢の人に向かって発信するのが仕事です。報道された情報は個人の所有物ではなくなります。

心に残る思い出と、報道された記事はまったく別物です。
たとえ同じ人の身に降り掛かった同じ事実をもとにしているとしてもです。

私達第三者は報道を通じて事実の表層を掠り取りその奥にあるものについて想像をめぐらすことはできます。想像する以上のことはできないのであって、個人的な思い出を共有することはできません。

このあたりのけじめをきちんと配慮しておくことが大切なのだと考えています。

震災98日目

1970年の万博日本館に展示されていた「よろこびの塔」「かなしみの塔」というのをご存知でしょうか。

http://www.flickr.com/photos/30439191@N06/5539199295/

ふたつの塔の内壁には、それぞれ西陣織の巨大なタペストリーが掲げられていました。ひとつは原子爆弾の投下による被害の悲惨さを、もうひとつは原子力の平和利用で得られる繁栄を象徴したものだそうです。

原爆の惨禍を知って以降、この国に住む人たちには原子力に対する不信感、恐怖心がしっかりと根付いてきたと思います。この感情は核兵器に反対する強い世論の原動力ともなったし、被爆者に対する根拠のない差別を産みもしたと思います。

原子力エネルギーを平和利用しようとする人たちにとってはこのような市民感情をどのようにして和らげるかが大きな課題だったのでしょうね。
理屈を超えた強い拒否感に対しては、これまた理屈を超えたイメージ戦略で対抗するしかない。そう誰かが考えたのかどうかは知りませんが、「ともかく安全」とお題目のようにアピールすることだけが優先され、その根拠をきちんと説明してこなかったのは否定できません。
あげくにお題目を唱えている当事者のほうが自己暗示にかかってしまって根拠ある安全対策を怠っていたとしたら釈明の余地はないでしょう。

それはそれとして、「やっぱり原子力は怖い、信じられない」と感情論だけで反対するのでは60年以上前に逆戻りです。まったく同じ状況に逆戻りしたのでは、時間がたてばまたぞろ「原子力はやっぱり安全」のイメージ戦略が復活しないともかぎりません。

必要なのは結論ありきの旗をふりかざすイデオロギーの対立ではなく、事実に基づいた冷静な議論です。
自分が信じたい意見と同じ意見の人とばかり群れていても、世の中は変わっていきません。

震災97日目

児童福祉法や児童虐待防止法の恩恵を受けられるのは18歳までです。

うちの息子たちは高校生と大学生、どちらもまだまだスネカジリですが、もしも今大地震で自宅が全壊、両親死亡、たよる身内や親戚もいない、という事態に陥ったとしても、彼らは児童養護施設には入所させてもらえないし、勉学を続けるための公的援助ももらえません。
18歳を過ぎていますからね。

父親から性的虐待を受けてきてようやく逃げ出してきた女の子も18歳過ぎていれば保護してくれるところがありません。
赤ん坊のときから施設で育った子も、高校を卒業したら独立して生きていけと言われます。

それを思えば、今までしっかり親元で保護されてすくすく育ってきた若者たちには身につけたものを糧にしてがんばって生きていきなさい、と言うしかないのですが。

大学の入学式に保護者が大挙して出席し、就職先の上司にまでクレームをつけにいく世の中と、親のいない子供たちの落差はひらくばかりです。

震災96日目

成人した人間の身長は、どんなに高い人でも3mを超えることはありません。
目に見える差異と同じように、能力や才能といったものも、びっくりするほどの大きな違いはない、と私は考えます。

歴史上の有名人物、偉業をなしとげた人たちの記録を読むと、いかにも傑出した人物が世の中をリードしてきたように思われるかも知れません。
けれど、私に言わせれば、たまたま時勢と場面にフィットした行動を実行できる立場にいたというだけのことで、同じような場面でたまたま失敗した人は後世に名前を残さない。その程度の差異なのだろうと思うのです。

世の中に閉塞感が満ちてくると、難問をたちどころに解決してくれる英雄の登場を待ち望む人たちがいますが、実行力のある人も方向性をまちがえればとんでもない結果を生むことも私達はすでに知っているはずです。

私達は誰か偉い人に自分たちの将来を任せっきりにするのではなく、自分たちの考えを忠実に実行してくれる誰かを上手に選べるように、社会のシステムを整えていかなければならないのでしょうね。
もちろん、そのためには私達がどのような社会に生きたいと考えるのか、しっかり話し合うことが前提です。

震災94日目

一昨日に書いてアップロードに失敗していた分です。

仕事をしていない人、住む家のない人、経済的に苦しい人になにかと風当たりのきつい世の中ですが、さすがに地震や津波の被害にあって職を失った人、家をなくした人、お金に困っている人たちに面と向かって「自己責任」と言い放つ人はめだちませんね。

「津波が来るとわかってるところに家を建てるやつが悪い」とか「何十年ものローンを組んで事業をまわそうというのが身の程知らず」だとかどこかで言ってる人はいるかもしれませんが。大きな声を出すとものすごい反対意見にさらされそうですしね。

たいていの人は「災害に会えば自分だって同じように困るはず」と感じ、明日は我が身と思えばこそ、公的な救済策も必要だと考えているでしょう。

このような人たちを国が救済するということは、税金を支払うという行為を通じてこの国に住む人全員が痛みをわかちあうということです。
(日本国籍を持つ人に限らず、所得税や消費税を支払っている人はみんな、ですね)

ものすごく単純にいえば、人々の意志を代行するために、お金を集めて行動するのが国というものの役割なのだと思います。
そういう共同事業にどれくらいのお金を託す気になれるのか、あるいは借金してでも助けなければならない人がいる、と考えるのか否か。

復興支援に税金をどう集めてどう使うか。私達が国にどこまでの仕事を期待するのか。しっかり考えないといけない時ですね。

震災95日目

 近畿から東北に助っ人として派遣された行政職の人たちが、
「生活保護の申請をする人がとても少ない。阪神淡路の時とはかなり違う」という話をしていました。
 都市部と地方の違いでしょうか。土地や家を所有している、頼れる親戚知人がいる、そういった条件があって、仕事をなくしてもしばらくはふんばって食べていける、そういう人たちが比較的多かったのかと思います。
(都会にはそのような地方からあぶれて単身移り住み、借家住まいで貯金もない、という人がたくさんいたということです)

 しかし、今まで生まれた土地で結束して生きてきた人たちも、住むところを変えなければならなくなったり、食べていくために資本を取り崩していかなければならなかったりすれば、仕事への復帰はどんどん困難になります。
 生活保護を受けられるということは、今までの職業的地位や事業を続けていくための資本をすべて失った、ということです。足がかりが何もないところから前へ進むのは大変なことです。

 それがわかっているからこそ、食い詰める前に仕事を再開したい、今までのキャリアが行かせる仕事に再就職したい、と皆さん必死なのだと思います。
 どんづまりに落ち込む前の救済策。自分の力で前進することをあきらめさせない方策が求められています。
 この機会に、この国のセーフティーネットの考え方も変えていくことが必要だと思います。

震災93日目

関西の企業が節電対策として、工場の稼働日を土曜日曜にシフトする案を出しています。
電気は作り置きのできないエネルギーなので、消費する時間をずらせばピーク時の最大消費量を低くできるという発想です。
行政側でも後方支援策として、一部の公立保育所で土日も保育を実施する、と言っているところがちょこちょこでてきたようです。

さてさて、利用できるのは今回の節電対策で土日出勤を余儀なくされた親御さんだけなのでしょうか。
今まででも平日が休みで週末が忙しい職種の人たちはたくさんいて、民間託児所を併用するとか、週末だけ祖父母にお願いするとか、厳しいやりくりをしてきたはずなのですが。

やりくりがどうしてもつかないことで認可保育所をあきらめたお母さんもきっとたくさんおられたはず。
そのあたり、なかなか融通のきかなかった制度が「節電」のひとことでこんなに簡単に変わっちゃうんだとなると、いろいろ思うところがでてきます。

簡単に実施できることなら、もっとはやく始めてくれたら良かったのに、とか。
簡単じゃないことなら、無理を通すことでどこかにしわ寄せがくるんじゃないの、とか。

非常事態宣言の特例措置もいいけど、この夏だけの打ち上げ花火じゃなくて、長続きする対策をお願いしますよ。
節電も、行政も。

震災92日目

関西でもいよいよ節電を本気で考えなければならなくなっているようですね。

目標15%削減と言われて、私もあなたも職場家庭でとりあえず今より15%電力消費を減らせばそれでいいのか。
ことはそう簡単ではないでしょうね。

節電が気になっていても実行できない人たちがいます。小さな子供、高齢者、障害者、病弱な人のいる家庭では電気を使えなければもろに命や生活の質にかかわります。
ずっと前から節電を心掛けてきた人たちがいます。メディアなどで紹介される方法はすでに実施ずみ、今まで一所懸命取り組んできたことのうえに、これ以上どこを削ればいいのよ、ということもあるでしょう。
それから、節電しようという気持ちはあってもその能力がない、という人たちもいます。金銭管理、体重管理、スケジュール管理、何につけ努力しても管理能力の身につかない人というのはどこにでも一定の割合でおられるので、努力不足といわれてもどうにもならないこともあるのですね。

というわけで、期待がかかるのは今まで電力消費に無頓着だったのだけど、ここへ来てなんとかしなければと自覚し、その気持ちを実行する能力を持った健康な人たち、ということになります。
世の中はできない人のぶんまで、できる人ががんばってくれることで成り立っています。不公平だとぼやかないでください。別の側面ではあなたにできないことを担当してくれている人がいるはずなのですから。

この文章を書いている間も、どこかご近所のエアコン室外機が運転されている音は聞こえていますが、文句は言わずにうちわを使うことにします。

震災91日目

鳥瞰図のように遠くから被災地をながめると、原発の処理も津波の後片付けも遅々として進んでいないように見えるかも知れません。
明日で地震の発生からまる三ヶ月になるということで「遅い」「遅れてる」「めどがたたない」「改善がみられない」といったことばがマスメディアをとびかうことでしょうね。

日々のお仕事がルーティン化して目新しいことが起こらなくなると、外から見ている人たちは、ものごとが停滞しているような錯覚に陥って、妙に焦ったり無力感にとりつかれたり、しびれを切らして急き立てたりあきらめて関心をなくしてしまったりしがちです。
実のところ、私達の生活は現状を維持するだけでも相当の努力と目配りを必要とするものです。
(家事労働がいい例です。我が家を片付けて居心地よく維持するのに毎日点検しなければならないことがどれほどあるか。)

どこかでうまくまわらなくなった日常を回復していくのは、維持のうえに上乗せの努力が必要なわけですから、そうそう短期間で成果の見える問題ではありません。

成果の見えにくい、変化の乏しい、地味で退屈だけど手を抜けない仕事を黙々とこなしている人たちがたくさんおられます。
見守る人間にも持久力が求められる時期だと思います。

震災90日目

昨日、一昨日の日記を書きながら考えたことです。

私達人間は、自分自身や自分の身内にとって利益にならないことであっても、また自分が直接体験したことでなくても、誰かが困っているとなると援助したくなる気持ちを持っているようですね。

そういう性向を今までの社会学や法学は、いささか軽視してきたのではないかと思います。
もちろん「人間は理屈で自分の損得をはかる」という性向も確かにあるのですけど、損得の中身は物質的なものだけではないし、さらに言うと損だとわかっていても行動する人も、良い方向にもそうでない方向にもかなりの割合で存在すると思うのですよね。

心理学や神経生理学は自己防衛や子孫の維持だけではわりきれない人間のややこしさをさまざまな角度から研究してきました。
人間という存在の不可思議さがより深く研究されている現在だからこそ、社会学や法学にも新しい知見を取り入れて発展して欲しいものだと思います。

被災した人たちの公道や義援金の集まり具合は、別に日本人的な規範意識の成果ではなく、もっと根源的に人間的なものがかかわっているはずだと私は考えています。

震災89日目

「日本人」などという曖昧なくくりで発言するのは好きではありません。日本人の独自性だの特性だのといわれていることでも案外どこに住んでいる人にも共通する性質だったりもするし、同じ日本人だからと思って安心していても、考えたり感じたりしていることは全然違っていることだってしょっちゅうあるからです。

そうは言っても、私と同じことばで考え話す人たちを見ていると、不思議と共通する行動もある気がします。
今まで「いやだな」と思っていたのは、誰かが平気な顔をしてルール違反をすると、一緒になって違反する人がたくさんいることです。
たとえば赤信号でも道路を渡っちゃうとか、駅前に自転車を放置するとか、指定日でもないのにゴミ袋を置いていってしまうとか、悪い見本があると妙に安心して右へならえしてしまうところです。

ところが今回の震災のようなことがあると、どうもそういう人たちは「人の助けになること」も、誰かが率先して始めると安心して同じように行動するのかな、と思えてきました。

目立つのが苦手な人にとって、しなくてもいい「善行」をするのにも相当な勇気がいるようなのですね。誰もしていない良いことを自分だけするのは気が重い。でも、誰かがすでに実行したことで、それが世間的に認められているらしいとわかると、喜んで寄付をする、ボランティアに励むことができるようです。
一時期流行した「タイガーマスク」も、良い感じのお手本をみつけて行動を起こした人がたくさんいたということですね。

私は「右へならえ」でもなんでも、自分が良いと思うことを実行するのはたいへんけっこうだと思っています。それを「いい子ぶりっこ」だとか「点数稼ぎ」だとか揶揄する風潮が減って、みんなが率直に賞賛してくれるとわかれば、もっともっと「いい人」が増えるんじゃないかなと思っています。

震災88日目

ひとりの人間を理解するには医学や生物学が必要です。
身長、体重、身体の構成やそれぞれの器官の役割、外部環境との物質交換などのしくみの説明がされるでしょう。

人間がふたりになると、その関係の理解には心理学が必要になります。
「私」から「あなた」への働きかけを「あなた」がどのように処理して「私」に返すか、その相互作用の背景の理論化が試みられます。
ただし、心理学は常にその人たちの生物学的属性を考慮しなければなりません。
ふたりが異性か同性か、どれくらいの年齢差か、どちらかが知的体力的に優勢かといったことが、二者の対人関係には大きく影響を及ぼすからです。

人間が三人になると、社会学が必要になります。
ふたりだとたった1本だった関係の糸が、三人になったとたんに3本に増え、そのバランスをとることが急に難しくなります。
早い話が「私」が「Aちゃん」と「Bちゃん」に対して完全に平等におつきあいすることなど不可能なので、どうしても2対1の関係に分裂して対立することになりがちです。
社会の最小単位である「家族」の関係がすでに、分裂、結託、階層化といった問題をはらんでいるのです。
そうして難しいことに、社会学は常に人々の心理状態や生物学的状態を考慮しなければなりません。いくら数が増えても、人間は分子のように没個性な単位の集合体としては動いてくれないのです。

社会学、とくに国家だとか国際社会だとかいった大きな集団を扱う分野はなかなかの難物です。難しさの一因は、自然科学の実験のように条件をコントロールして結果を観察することが不可能だからでしょう。

そういう意味では、大震災のような大きな社会的変動は、社会学を研究する人たちにとって貴重な観察と実験の機会なのでしょう。
大きな変化のない日常のなかでそこそこ機能していたシステムがあちこちで破綻したとき、その部分の重要性や機能が明らかになるものです。

医者が病気の人や障害をもつ人の治療を通じて健康な人体のしくみを解明していったように、社会学者にもこの機会を良い意味で活用していただきたい。そうした研究を今より住みやすい社会をつくるのに役立ててもらうのでなければ、学問の存在意義が問われることになるのではないでしょうか。

震災87日目

86日目の話の続きです。

被災地は広範囲で、それぞれの地域の事情がばらばらで、膨大な情報が行き交っていて、にもかかわらず日本はけっこう細長くて、西南から東北にはなかなかうまくピントをあわせられない。
ぼんやりと遠くから傍観しているのもどうかと思うけど、至近距離によってしまうと自分がどこを見ているのかわからなくなりそう。

そんな時にモノサシになるのは今までの自分の経験や現在の立ち位置しかないわけでしょう。それならいっそ、自分と同じ性別で似たような年まわりで仕事や家族構成の似た人のことなら、多少なりとも想像力や共感力を働かせやすくなるかもしれませんね。

できればそういった人どうしの横のつながりが支え合いの役に立てばいいのに、とも思います。
トリのように高いところから全体を見下ろす人も必要なのだろうけど、赤ちゃんをもつお母さんどうし、お年寄りの介護をしている人どうし、農業だの観光業だので働いている人どうし、外国籍の人どうし、そんなつながりもきっと必要なのだと思います。

震災86日目

各地の同業者が集まる機会があり、それぞれの仕事場に今回の震災がどの程度影響したか情報交換してきました。

被災地以外の関東では計画停電やガソリン不足の影響若干あり。
やはりというか、愛知県以西では「通常の業務にほとんど影響なし」。

最近の西日本では自粛モードも一段落して、夏場の節電はまだ本格化しておらず、若干中だるみ状態のように思います。また、被災地からの地図上の距離よりも、その地域が自然災害や放射線被爆の経験を持つかどうか、その人が今まで人生の逆境を経験したことがあるかどうか、のほうが、関心の高低に影響しているようにも思われます。

年若い人たちや被災経験の乏しい人たちが今後どのようなことを考えながら被災地の報道を受け止めていくのか、私にはまだよくわかりません。
他人事ではないはずだけれど、当座は自分自身のことだとも想像しにくい。それでもとりあえずは知っておいてもらうことが必要なんじゃないかと思いつつ、おせっかいに教え込むのも効果ないだろうしと、迷っている状態です。

震災85日目

阪神淡路と東日本の被災地の違いはいろいろあるけれど、今かなり大変になっているようだと思うのは行政単位の違いです。

十万から百万単位の人口を持つ市ではそれなりに職員の数も使える予算もあるし、面積が広ければ比較的被害の少なかった地域も含まれるはずで、東日本でも仙台市や石巻市などはまだ条件的にましなほうのようですね。

逆に、人口も面積も少ない地域がまるまる被災地というケースも少なくないわけで、もともと数少ない職員のうちでも仕事を続けられる状態の人はさらに少なく、残った人たちが多忙をきわめて疲弊しているのが現実のようです。
行政の手が細部までまわらなくなると仕事の成果にもロスが生じます。住民のニーズを吸い上げきれない、状況を判断するのに必要な検討をつくせない。結果としてせっかく取り組んだ復興支援対策が機能しきれていないところがあるのではないでしょうか。

対策のひとつは働き過ぎている人と仕事がない人の格差を埋めていくことではないかと思います。仮設住宅やインフラの復旧にお金を使うことも大事だけど、今の行政にとってもっと大事なのは仕事のない人をもっと雇用する、そうして忙しすぎてちゃんとした判断が難しくなってきている人たちを休ませてあげることではないでしょうか。
小さな行政単位の職員の皆さんが自己犠牲に走ってつぶれてしまっては住民の皆さんが路頭に迷います。
くれぐれも無理を重ねないようお願いいたします。

震災84日目

うまく進行していないプロジェクトを途中から引き継ぐのは相当しんどい仕事です。
身近な例なら、得点差をおおきくされてしまってからリリーフするピッチャー。
虐待されてきた子供の育て直しを引き受ける里親さん。

あるいは、初期の治療がはかばかしくなかった患者さんの主治医が交代したときでしょうか。
あとから引き受けた医者には、今までの経過を直接知らないというハンデがあります。
検査をして異常値がみつかっても、それがもともとの病気のせいなのか、治療の副作用なのか、あらたに別の病気が加わったのかと首をひねらなければなりません。
今飲んでいる薬があまり効果的でないと判断しても、いきなりやめてしまっては身体への負担が大きすぎるときもあります。
過去の失敗の穴埋めをしながら少しずつでも病状の改善を目指さなければなりません。
さらには、患者さんとの信頼関係を回復してこれからの治療に協力してもらえるようコミュニケーションをとる努力も怠れません。
進んできた道を変更するにしても、時間が巻き戻せない限り、前に進みながら軌道修正を試みるしかないのです。

こんなに苦労が多くて報いの少ない仕事を喜んで引き受ける人が、そうそういるとは思えないのですが、敗戦処理投手も里親さんも医者も、誰かが引き受けなければならない仕事だと思うから逃げずに覚悟を決めているのですよね。

現在の担当者を無能だやめろと責めるのなら、次を引き受けようという人が誰か手をあげてくれなければなりませんよね。

震災83日目

仕事の関係で静岡県からみえたお客さんと話す機会がありました。
被災地派遣の話や後方支援の話もしたなかで、静岡県の先進的な防災対策の話題も出ました。
お客さんは
「対策を練っているといっても机上の論議ばかりで、実体験から積み上げている兵庫県や神戸市とはちがう」
と謙遜されていましたが、決してそうではないと思います。
神奈川県や静岡県は88年まえに日本史上最大の大震災を経験されています。
過去の体験と将来予測される災害への危機感があればこそ、対策も具体化するのでしょう。
その成果は2009年の静岡沖地震や、東北北関東地震のすぐあとにおきた、静岡近辺を震源地とした地震でも確認されたと思います。
これらの地震は被害が比較的少なかったので他地域の人たちの記憶にはあまり残っていませんが、備えあればこそ憂いが少なかったわけでしょう。
大きな被害がでてしまってからの奮闘はドラマチックですが、被害を広げなかったという地味な成果から学ぶこともたくさんあるはずだと思います。

震災82日目

肉体労働が過ぎると過労状態になって身体によくない。
これは誰でも知っていることです。
経理やプログラミング、書類作成などの知能労働も、やはり過ぎると過労状態になって、不眠や便秘、食欲不振など身体の症状につながります。
これも知っている人は知っているでしょう。
比較的知られていないのは、精神的な重圧もやはり過ぎると身体によくないということです。

例として一番わかりやすいのは、最終的な決断をくださなければならないことでしょう。
とくに、その決断によって影響を受ける人たちがすぐそばにいる時。
ある決定を実行するしない、どちらを選択しても誰かが損をするとわかっている時。
それでも限られた時間のうちに決断しなければ意味がない時。
しかも、その結果について個人的には責任を負いかねるほどの重大事である時。
このような条件が多ければ多いほど、決断をくだす立場の人はたいへんなストレスを感じることになります。

たとえば、救援物資が必要な人にいきわたるには不足している時。
たとえば、使える手術室がひとつしかないのに救急患者がふたり来た時。
たとえば、段階的に放射能汚染のひろがっている地域で、避難するかしないかの線引きをする時。

こういった局面でいくつもの決断をくだす立場になった人たちは、のちのち身体の不調に悩まされることが決して少なくないようです。
(医学的に検証するのは困難なのですが)
まじめに真剣に悩みながら決断する人ほどしんどい思いをするのも当然なわけで、そういう役割はあまり責任感をひきずらない人にまかせるほうがいいのかもしれません。

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »