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2011年9月の記事

日本のタバコ産業と専売制

日本のタバコ産業の大きな特徴は、戦前から延々と続いた専売制にあります。

専売制は生産・流通・販売の過程を全面的に支配することで競争原理を排除して独占的利益を収める方法ですが、前項にあげたようなタバコの特殊性(食品でも医薬品でもない、限られた土地で生産される単一作物を原料とする)がこのような集中管理にマッチしていたのでしょう。

タバコへの課税は明治9年の煙草従価印紙税法に始まります。
1898年(明治31年)葉タバコの専売が始まったのは、日清戦争で苦しくなった財政を建て直すためでした。
その後、日露戦争の戦費調達のために1904年(明治37年)に収納から製造販売、製品の輸入移入にいたるまで専売の対象が広げられました。
1949年(昭和24年)には日本専売公社が政府から事業を引き継ぎ、販売数をどんどん増やしていきました。

1984年(昭和59年)ようやく「たばこ専売法」「製造たばこ定価法」が廃止され「たばこ事業法」が制定されました。
1985年に日本専売公社を廃止して日本たばこ産業株式会社が発足し、ついにタバコの専売制度は廃止されました。

現在、国内におけるタバコの製造販売は「たばこ事業法」によって規制されています。
この法律の総則には以下のように書かれています。
第1章第1条 この法律は、たばこ専売制度の廃止に伴い、製造たばこに係る租税が財政収入において占める地位等にかんがみ、製造たばこの原料用としての国内産の葉たばこの生産及び買入れ並びに製造たばこの製造及び販売の事業等に関し所要の調整を行うことにより、我が国たばこ産業の健全な発展を図り、もつて財政収入の安定的確保及び国民経済の健全な発展に資することを目的とする。

読めばわかるように、この法律はタバコの毒性や国民の健康維持増進との関連については一切ふれず、税収の確保を目的としたものです。
日本のタバコ産業は明治時代から一貫して「国の収入源」という扱いなのです。

タバコとニコチンの基礎知識

農産物としてのタバコ、精神依存物質としてのニコチンには興味深い特徴がいろいろあります。たばこ産業の特殊性を語る上で重要なことだと思うので、簡単におさらいしておきます。

① 農産物としてのタバコは、嗜好品としてのタバコ製品の原料となる以外には用途のない特殊な植物です。
 たとえばアヘンの原料である芥子も、実はアンパンや栗まんじゅうに乗っかっています。大麻の繊維は帆布や荒縄の原料ですし、麻の実は芥子の実と一緒に七味唐辛子に配合されています。タバコにはこのような「他の用途」はありません。

② タバコの発がん性は主にタールに含まれる種々の化合物によります。ニコチンには発がん性はほとんどないそうですが、急性毒性は青酸カリと同じくらいで、法律では毒物に指定されています。ニコチンの類似化合物は殺虫剤として使われています。(水に溶け出しやすいので灰皿に水を入れておくと大変危険な抽出液ができあがります)

③ ニコチンは医薬品ではありません。アヘン、モルヒネは強力な鎮痛剤として、コカインは表面麻酔薬として、覚せい剤の一種はナルコレプシーなどの治療薬として製品化されていますが、ニコチンの医療用途はニコチン依存症の治療薬だけです。薬理作用としてアルツハイマー病の予防効果があるらしいですが、毒性が強すぎるので実用化はまだされていません。

④ ニコチンはいわゆる「アッパー系」の精神作用物質で、眠気をさまし、精神活動を活発にし、食欲を減退させ、肉体疲労を感じさせにくくする方向に働きます。
同じような作用をする物質にはコカイン(ボリビアでは鉱山労働者などの重労働者がコカの葉を噛みながら仕事をする習慣がある)やヒロポン(アンフェタミン。軍隊で疲労を抑え警戒態勢を持続させるために用いられた)カフェイン(コーヒー)などがあります。

⑤ ニコチンは連用しても精神病のような症状はおこしません。また、仕事や学業などの活動に従事しながらでも摂取できることで社会生活能力が損なわれにくい、その分、たいへん長期間にわたって購買し続け、使用し続けることが可能です。

⑥ ニコチンは一度摂取し始めるとやめられないとまらない強い精神依存性を持ちます。
 「たまにちょこっとたしなむ」のと「一日たりとも手放せない」の間が非常に狭いのが特徴です。アルコールなどとは違って、週末だけ、お祝いの席でだけ喫煙するなんて人はめったにいません。「週1回は吸わない日」などと設定するのも困難です。

以上をまとめると、喫煙を始めた人たちはタバコを手にいれ続けるために一生涯あくせく働き続けることが可能であり、その生産量消費量の増減や価格の変動は他の産業には大きな影響を与えないということです。
他の農業や工業とのかかわりが薄いのと用途が限定されるので、農産物としては集中管理しやすいということにもなります。
また、あくまで個人が選択する嗜好品なので、それがもとで病気になったとしても生産者販売者が責任を追及されにくいわけです。

放射性物質とタバコ

本題に入る前に、私が放射性物質とタバコについて比較して考えるようになったきっかけを書いておこうと思います。
タバコ販売の性急な法的禁止は問題を悪化させるだけ、という立場でもありますので、喫煙中の方もあまりかっかしないで、もう少しおつきあいいただけたらと思います。

被災地から運び出された物資や周辺で生産された食品について、検査結果にかかわらず強硬な排斥を主張する人たちがいます。関係者に非難の電話やメールを送りつけるほど過激でなくても、漠然とした不安を感じて無言で回避している人たちは大勢おられるようです。

ふと感じたのは、「こういう人たちは全員非喫煙者なのかなあ」という疑問です。健康の維持、有害物質の排除にとても熱心な人たちは昔からおられて、タバコの廃絶についても熱心に活動されています。そういう人たちが今回も主張を通しておられるというのならわかりやすいのですが、これは確かめようがありません。

もうひとつは、放射線の発ガン性について説明するときに「喫煙よりずっと安全」という言い方をする専門家がいたことです。これには正直腹が立って、「有害だと確定していて、少しでも被害者を減らそうと努力している人たちがいるような物質をひきあいにだすとはなにごとか」とぷりぷりしていたのですが、そういう発想がでてくるほどにタバコは社会的に容認されているのか、という新たな疑問が生じたわけです。

そこでなんとなく感じたのは、人々の危機回避行動は「疫学的調査や実験などを通じてわかっている範囲の有害性、危険リスクのレベル」だけで決まるのでなく、もともとその物質なり事象に対していだいているイメージが大きいのではないかな、ということでした。
イメージが形成されていく中身には、周囲からもたらされる感覚的な情報が大きくかかわっているのだろうとも思いました。

原子力の安全性に関して、政界産業界の行き過ぎた「イメージ戦略」がとりざたされていますが、これってほんの少し以前にタバコ産業についてもいわれていたことじゃないの、と思いいたったわけです。

私は原子力行政や原発に対する反対運動そのものに反対しているわけではありません。ただ、そういった運動の根拠が「放射能は怖い」というイメージだとしたら、それは安易に被災地域差別、風評被害の拡大につながるでしょう。
また、反対運動を市民運動としてきちんと根付かせて行くうえで、健康至上主義な人たちと「放射能は怖いけどタバコやめられません」な人たちの協力は非常に難しいのではないかと心配しています。

国民の健康増進が産業保護、経済発展に優先するという考えを推し薦めていくなら、日本のタバコ産業が諸外国とはちょっと違った発展をしてきたらしいことも勉強してみていいのではないでしょうか。

原発反対運動とタバコ産業 提議

 巷では「国民の健康、とくに子供たちの将来に多大な悪影響を及ぼすと懸念される」という理由で、ひとつの産業を廃止すべきではないかという議論が沸騰しています。
 もちろん、原子力発電のことですが。
 この国にはもうひとつ、「国民の健康、とくに子供たちの将来に多大な悪影響を及ぼすことが自明である」産業があって、こちらのほうはなかなか全面廃止という議論になりません。
 いわずと知れた、たばこ産業です。
 たばこの発ガン性その他の害毒については放射線よりずっと昔から蓄積されたデータがあり、日本人の健康と長寿を維持する上で最大の懸念材料であるのは、改めてWHOに指摘されるまでもない事実です。

 私見ですが、放射線被爆による将来の発ガンの心配ももちろん必要だとしても、100年以上前から現在までまき散らされ続けている発ガン性物質の被害についても、もっと真剣に議論してもらいたいところです。

 既存産業の保護、税収の確保という立場から、「原発もたばこも産業界への影響と健康被害を天秤にかけて地道に議論する」というのなら話の筋は通っていると思います。

 「原発は全廃すべきだけどたばこ吸うのはほっといてくれ」いう意見の方がもしおられるなら、ぜひとも論拠をうかがいたいので、よろしくお願いいたします。

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